人気ブログランキング |

<   2018年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

歎異抄・後序(6)

 かなしきかなや、さいわいに念仏しながら、直に報土にうまれずして、辺地にやどをとらんこと。一室の行者のなかに、信心ことなることなからんために、なくなくふでをそめてこれをしるす。なづけて『歎異抄』というべし。外見あるべからず。

(歎異抄・後序)

 作者はすっかり年老いている。親鸞とは孫ほど年が離れているが、最晩年、その人間性に感激し、短い間だが教えを受け、しっかりと信心をいただいている。第二章で親鸞に初めて会い、第九章で信心を認めてもらい、後序の「信心相論」の話を聞かしてもらったのは師資相承なのでしょう。この書の中でもこの三つの章はとくに劇的な効果を上げている。この書は親鸞の信心を正しく伝えるものですが、それは親鸞の唯円へのご化導の記録でもあり、かつまた唯円の信心の表白でもあります。法然から親鸞、そして唯円へと伝わってきた仏法は「如来よりたまわりたる信心」で言い尽くされている。(終わり)

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2018-12-31 05:41 | 歎異抄を読む | Comments(0)

歎異抄・後序(5)

 露命わずかに枯草の身にかかりてそうろうほどにこそ、あいともなわしめたまうひとびとの御不審をもうけたまわり、聖人のおおせのそうらいしおもむきをも、もうしきかせまいらせそうらえども、閉眼ののちは、さこそしどけなきことどもにてそうらわんずらめと、なげき存じそうらいて、かくのごとくの義ども、おおせられあいそうろうひとびとにも、いいまよわされなんどせらるることのそうらわんときは、故聖人の御こころにあいかないて御もちいそうろう御聖教どもを、よくよく御らんそうろうべし。


(歎異抄・後序)

 『年表』によれば、「正応元(1288)年、河和田の唯円上洛。覚如、法義を学ぶ。歎異抄、この前後に成るか」とある。正応元年は親鸞入滅の弘長二(1262)年から二十六年だから、歎異抄は親鸞滅後三十年前後に書かれていることになろうか。唯円が関東の門弟たちと上京したのが建長四(1252)年、親鸞八十歳だから、唯円は当時は三十歳くらい、親鸞とは五十歳ほどの歳の隔たりがある。親鸞が亡くなるまでの十年間、おそらく脇侍として仕え、正しい信心を受け継いだ。この書を書いている唯円は七十歳くらいであろうか。死を目の前にした遺言のようでもある。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-12-30 05:25 | 歎異抄を読む | Comments(0)

歎異抄・後序(4)

 聖人のおおせには、「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来の御こころによしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、あしさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」とこそおおせはそうらいしか。

(歎異抄・後序)

 二つ目の「大切の証文」です。「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」。これは悟りの言葉です。われらは物質に執着して、逆に物質に縛られて生活している。これが苦悩の根本原因です。物質を得る場所が世間だから世間に縛られて自由がない。物質に執着する心を煩悩といい、煩悩具足の凡夫が見る物質世界の有り様を「火宅無常」という。煩悩と娑婆は合せ鏡の関係で、煩悩の造る心の世界が娑婆で、煩悩は自分の心の影である物質を見て、また煩悩を起こす。しかも、煩悩は身体に具わった機能(本能)だからなくならない。だから、煩悩は相手にしないで「遠く離れよ」と教えるのが仏教です。善とは煩悩にとって善であり、悪とは煩悩にとって悪であるから善悪を妄想分別という。妄想分別の影響は受けないという親鸞の悟りが「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」という言葉で表明されている。

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2018-12-29 05:57 | 歎異抄を読む | Comments(0)

歎異抄・後序(3)

 聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐そうらいしことを、いままた案ずるに、善導の、「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしずみ、つねに流転して、出離の縁あることなき身としれ」(散善義)という金言に、すこしもたがわせおわしまさず。

(歎異抄・後序)

 一つ目の「大切の証文」です。いつも口癖のように親鸞が言っていた。それを唯円がいつも聞いていた。だから「聖人のつねのおおせ」です。「ひとえに親鸞一人がためなりけり」とは、仏と出遇うときは一対一。法は平等、信心は特別。仏はまとめて救うのではなく一人一人を救う。救われるとは、仏の方から自分が見える。仏のお心と心通じあって自分が見える。「そくばくの業をもちける身にてありける」とわかった。煩悩具足の身とわかった。同時に、煩悩のない涅槃の境地、仏になることがわかった。だから「たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」という。わたしがわかるのが機の深信、仏がわかるのが法の深信。仏がわたしを見る。わたしが仏を見る。仏とわたしが合せ鏡のように互いに照らし合う。これが信心獲得の内面の事実です。なぜ、この法語が「大切の証文」なのかといえば、「機の深信から信に入れ」というのが親鸞のご化導の根本だからです。『歎異抄』は親鸞の唯円に対するご化導の記録です。だから『歎異抄』を正しく読めば親鸞のご化導を仰ぐことになる。『歎異抄』を正しく頂いて信心を取ってほしい。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-12-28 05:27 | 歎異抄を読む | Comments(0)

歎異抄・後序(2)

 故聖人の御ものがたりに、法然聖人の御とき、御弟子そのかずおおかりけるなかに、おなじく御信心のひとも、すくなくおわしけるにこそ、親鸞、御同朋の御なかにして、御相論のことそうらいけり。そのゆえは、「善信が信心も、聖人の御信心もひとつなり」とおおせのそうらいければ、勢観房、念仏房なんどもうす御同朋達、もってのほかにあらそいたまいて、「いかでか聖人の御信心に善信房の信心、ひとつにはあるべきぞ」とそうらいければ、「聖人の御智慧才覚ひろくおわしますに、一ならんともうさばこそ、ひがごとならめ。往生の信心においては、まったくことなることなし、ただひとつなり」と御返答ありけれども、なお、「いかでかその義あらん」という疑難ありければ、詮ずるところ聖人の御まえにて、自他の是非をさだむべきにて、この子細をもうしあげければ、法然聖人のおおせには、「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。別の信心にておわしまさんひとは、源空がまいらんずる浄土へは、よもまいらせたまいそうらわじ」とおおせそうらいしかば、当時の一向専修のひとびとのなかにも、親鸞の御信心にひとつならぬ御こともそうろうらんとおぼえそうろう。

(歎異抄・後序)

 唯円は親鸞から直接聞いた話として書き残している。このような話は誰もが聞ける話ではない。親鸞と唯円の師弟関係が特別なものだったことがわかります。第二章、第九章、そして後序の「信心相論」と、この三つの話は仏心が人から人へと伝わる仏教の伝統を明らかにするもので『歎異抄』の背骨を構成している。「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり」と、法然は数多くの弟子たちの前で親鸞を認めた。親鸞は生涯、この感動の中に生きていた。法然は親鸞にとり生きた仏だったからです。

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2018-12-27 05:53 | 歎異抄を読む | Comments(0)

歎異抄・後序(1)

 右条々はみなもって信心のことなるよりおこりそうろうか。故聖人の御ものがたりに、法然聖人の御とき、御弟子そのかずおおかりけるなかに、おなじく御信心のひとも、すくなくおわしけるにこそ、親鸞、御同朋の御なかにして、御相論のことそうらいけり。

(歎異抄・後序)

 この章は「あとがき」です。親鸞聖人が法然上人の正しい法の継承者であることを伝える「信心相論」の挿話で始まります。この書の作者にすればこの話は必ず残しておきたかった。さらに加えて、後序には「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」、「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」で始まる親鸞の二つの法語が「目安」に添えられている。「大切の証文」です。親鸞の信心を理解する上でとても重要な法語です。さて、振り返ると、この書の作者は前序に「耳の底にとどまるところ、いささか之をしるす」と言ってこの書を書き始めた。作者は学僧ではなかったでしょうから、親鸞のお言葉こそがお聖教であり、聞いた言葉はいつも心の中で反芻され、いまに至るも耳に響いていた。だから「露命わずかに枯草の身にかかりてそうろうほど」の、いつ死ぬかもわからぬ最晩年に恩師のご化導を振り返ることは自分の人生の総清算でもあったでしょう。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-12-26 05:59 | 歎異抄を読む | Comments(0)

宿業

 宿業は、ただ宿業と成り立たぬものであって、宿業は、如来の本願に乗託し如来の本願に救われておる所に、救わるべからざる自己を発見する。救わるべからざる宿業の自己を見出だしたことは、救いを得ている証拠である。救いを得ておらない者ならば、運命論者であろう。環境は私共が選択する自由はない。この環境を与えられることは必然のものである。絶対唯一の環境の前に私共は落在している。環境は私共が選択する自由はない。それを宿業という。

(津曲淳三著「親鸞の大地―曽我量深随聞日録」239ページ) 

 『歎異抄』(第十三章)に云わく、「よきこころのおこるも、宿善のもよおすゆえなり。悪事のおもわれせらるるも、悪業のはからうゆえなり。故聖人のおおせには、卯毛羊毛のさきにいるちりばかりもつくるつみの、宿業にあらずということなしとしるべし、とそうらいき」と。量深師は決定的なことを述べる。すなわち「環境は私共が選択する自由はない」と。われらは境遇を選んで生まれてきた訳ではない。身も心も、取り巻く境遇もすべて選んだ結果ではない。そもそも選ぶことができないのだから、わたしにはなんの責任もない。責任がないのだから環境に縛られない。それゆえ、量深師が言うには「救わるべからざる宿業の自己を見出だしたことは、救いを得ている証拠である」と。責任が取れないから「救われざる」というのだし、責任を取らなくていいから「救いを得ている」というのです。このように知ることを「宿業」という。信心の智慧です。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-12-25 05:48 | 曽我量深師の教えに学ぶ | Comments(2)

心の往生と身の往生

 浄土論の五功徳門の第三の宅門に「蓮華蔵世界に入ることを得」とある。往生は二重になっている。真実報土の往生は二度ある。そういうことになっている。近門・大会衆門は親鸞聖人の領解では現生正定聚である。宅門・屋門の二つは成仏するのである。正信偈の「得至蓮華蔵世界 即証真如法性身」-「蓮華蔵世界に至る」は宅門、「真如法性の身を証せしむ」は屋門と理解することも出来る。それで私は往生は心にあり成仏は身にあると領解する。

(津曲淳三著「親鸞の大地―曽我量深随聞日録」121ページ) 

 『浄土論』(第十・利行満足)に云わく、「また五種の門ありて漸次に五種の功徳を成就す。知るべし。何ものか五門。一つには近門、二つには大会衆門、三つには宅門、四つには屋門、五つには園林遊戯地門なり。この五種の門は、初めの四種の門は入の功徳を成就す、第五門は出の功徳を成就せるなり」と。ここで量深師は、即得往生を「心の往生」、滅度を「身の往生」と教えている。浄土とは信の一念に開ける仏のお心のことで、南無阿弥陀仏と称えることでわたしたちはいつでも仏のお心とつながることができる。仏のお心の中にあって、いつも仏のお声を聞きながら生活することができる。そのような生活を「心の往生」という。

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2018-12-24 05:59 | 曽我量深師の教えに学ぶ | Comments(0)

心のさとり

 菩薩とか声聞は心のさとりであって、身体と心が一つになったさとりでない。これは成唯識論では六識・七識だけさとりを開く。初地不退から等覚の弥勒まで心のさとりを開く。阿頼耶識がさとりを開くのは大覚、大円鏡地という絶対のさとりを開く。心と体が一つになってさとりを開くのは仏に限る。聖道門の人が聖者であるなどと言って、そういう人々を指導者とすることは盲人に導かれるのと同じだと経文(東方偈)に書いてある。自分は目明きだと思っているけれど、仏から見れば凡夫の盲だ。

(津曲淳三著「親鸞の大地―曽我量深随聞日録」50ページ) 

 『東方偈』に云わく、「声聞あるいは菩薩、能く聖心を究むるものなし。たとえば生まれて盲いたるもの、行いて人を開導せんと欲うがごとし。如来の智慧海は、深広にして涯底なし。二乗の測るところにあらず。唯仏のみ独り明らかに了りたまえり」と。智慧の光は煩悩を照らして、われら煩悩具足の凡夫のありのままの姿を見せてくださる。だから、かろうじて煩悩の狂気から救われている。この身ある限り煩悩は常に起きているのだから、命ある限り仏になったとは言わない。聖者を立てないのが浄土門、仏の御前ではみな等しく凡夫であるとの、量深師の教えです。月は太陽の光を映すだけで自分では光らない。われらは月のようなものであるのだから、与えられたものを自分のものであるかのように主張してはならない。

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2018-12-23 05:56 | 曽我量深師の教えに学ぶ | Comments(0)

前念命終・後念即生

 本当に人間が死ぬということは、ただ身体が死ぬということではない。魂が、精神が死ぬということであろう。だからして「前念命終、後念即生」ということは、われらの精神が死んで、そうしてまた、死ぬと共に浄土に生まれ浄土に生きる。そういうことを「前念命終、後念即生」というのである。

(津曲淳三著「親鸞の大地―曽我量深随聞日録」289ページ) 

 『愚禿鈔』に云わく、「本願を信受するは、前念命終なり。即得往生は、後念即生なり」と。体に支配された心(魂)は体と一体化しているから、主人である体の死を自分の死として恐れている。しかし、心はもともと体には属していないから、心は体から離れて自由になることが出来る。心が体から離れて自由になることを「解脱」といい、自由になった心を「仏心」という。体の一部だった「人心」が死んで、体には縛られない「仏心」に生まれ変わる。それを親鸞は「前念命終、後念即生」と教えられた。すなわち、信の一念に主体が「人心」から「仏心」に転ずるのです。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-12-22 05:41 | 曽我量深師の教えに学ぶ | Comments(0)