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宝林宝樹微妙音

 宝林宝樹微妙音
 自然清和の伎楽にて
 哀婉雅亮すぐれたり
 清浄楽を帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-37)

 『讃阿弥陀仏偈』に云わく、「世の帝王より六天に至るまで、 音楽うたた妙にして八種あり。展転して勝ること千億万倍、 宝樹の音の麗きこと倍してまたしかなり。また自然の妙なる伎楽あり。 法音清和にして心神を悦ばしめ、哀婉雅亮にして十方に超こゆ。 ゆえにわれ清浄楽を稽首したてまつる」と。人のつくる音楽はどれにしろ騒々しい。浄土には音はない。音がないということが最も豊かな音なのでしょう。音がないところに音が聞こえてくる。

 南無阿弥陀仏



by zenkyu3 | 2018-07-31 05:51 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

神力本願及満足

 神力本願及満足
 明了堅固究竟願
 慈悲方便不思議なり
 真無量を帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-36)

 『無量寿経』に云わく、「阿難、もしかの国の人天、この樹を見るもの、三法忍を得。一つには音響忍、二つには柔順忍、三つには無生法忍なり。これみな無量寿仏の威神力のゆえに、本願力のゆえに、満足願のゆえに、明了願のゆえに、堅固願のゆえに、究竟願のゆえなり」と。浄土の荘厳は「思議」を超えさせ「不可思議」に触れさせるための方便です。思議を超え不可思議に触れると「智慧」が生じる。智慧を生じさせ仏にするのが法蔵菩薩の本願です。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-30 05:23 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

自利利他円満して

 自利利他円満して
 帰命方便巧荘厳
 こころもことばもたえたれば
 不可思議尊を帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-35)

 親鸞は「自利利他円満」に「自利は阿弥陀の仏になりたまいたるこころ、利他は衆生を往生せしむるこころ。円は善悪すべてわかず、よきことになしてましますこころの満ちたるこころなり。みずからも仏になり、衆生も仏になることを円満すというなり」と左訓している。自利は智慧が完成して自ら仏になる。利他は智慧を伝えて衆生を仏にする。浄土の巧荘厳は衆生に「不可思議尊」に帰命させ、心と言葉でできた「思議」を超えさせる巧みな方便です。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-29 05:20 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

妙土広大超数限

 妙土広大超数限
 本願荘厳よりおこる
 清浄大摂受に
 稽首帰命せしむべし

 (讃弥陀偈讃-34)

 『讃阿弥陀仏偈』に云わく、「妙土広大にして数限を超ゆ。 自然の七宝をもつて合成するところなり。仏の本願力より荘厳起こる。 清浄大摂受を稽首したてまつる」と。広大とはどんなに広くても広さがある。だから、仏法には「数限を超ゆ」ということがなくてはならない。人の頭が考えることは時間と空間の概念でできているから、時空を超えた不可思議の領域に経験的に触れた瞬間に智慧が生ずる。思考を超えたところから思考を見るから「智慧」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-28 05:52 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

七宝講堂道場樹

 七宝講堂道場樹
 方便化身の浄土なり
 十方来生きわもなし
 講堂道場礼すべし

 (讃弥陀偈讃-33)

 親鸞は「方便化身」に「辺地懈慢国なり、疑城胎宮の邪道なり」と左訓しています。自力の人が生れる方便化身の浄土です。自力の人は自分の心を信奉する。自分の心を崇め、畏れている。だから、自分の心が命じることならなんでもする。人でも殺す。道徳でかろうじて心の欲求をコントロールしているが、それすら怒りには勝てない。いつも怒りを肯定できる理由を探している。みな自分を許してくれる都合のよい仏を求めるから「十方来生きわもなし」と。

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2018-07-27 05:43 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

十方の無量菩薩衆

 十方の無量菩薩衆
 徳本うえんためにとて
 恭敬をいたし歌嘆す
 みなひと婆伽婆を帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-32)

 『浄土論』に云わく、「いかなるか讃嘆する。口業をして讃嘆したまいき。かの如来の名を称し、かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、実のごとく修行し相応せんと欲うがゆえなり」と。光明智相とは、光は智慧のことです。智慧とは煩悩が見える。見えるから光です。見えるとは離れたことです。心への執着を離れたから心が見えた。わたしの心は煩悩であると見えた。これが無明が破れたことです。すなわち、光明は智慧の相なり、と。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-26 06:10 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

自余の九方の仏国も

 自余の九方の仏国も
 菩薩の往覲みなおなじ
 釈迦牟尼如来偈をときて
 無量の功徳をほめたまう

 (讃弥陀偈讃-31)

 『東方偈』に云わく、「その仏の本願の力、名を聞いて往生せんと欲えば、みなことごとくかの国に到りて、自ずから不退転に致る。菩薩、至願を興して、己が国も異なることなからんと願ず」と。法蔵菩薩が建立した安楽仏土は智慧を伝える方便としてこれ以上のものがないと、東南西北・四維・上下、すべての仏土の、すべての仏菩薩が讃えるというのです。浄土に往生すれば「己が国も異なることなからんと願ず」と、すべての菩薩が大悲を起こす。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-25 06:01 | 三帖和讃のこころ | Comments(4)

神力無極の阿弥陀は

 神力無極の阿弥陀は
 無量の諸仏ほめたまう
 東方恒沙の仏国より
 無数の菩薩ゆきたまう

 (讃弥陀偈讃-30)

 『東方偈』に云わく、「東方諸仏の国、その数恒沙のごとし。かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覩たてまつる。南西北・四維・上下、またまた然なり。かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覩たてまつる」と。智慧を得ることより智慧を伝えることの方がはるかに難しい。法蔵菩薩の建立した浄土は智慧を起こさせる無上の方便であると他の仏国の諸仏菩薩も讃える。衆生の心の奥底に眠っている信心仏性をどう目覚めさせるか、それが諸仏菩薩の本願だからです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-24 05:19 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

たとい大千世界に

 たとい大千世界に
 みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名をきくひとは
 ながく不退にかなうなり

 (讃弥陀偈讃-29)

 『浄土論』に云わく、「如来浄華の衆は、正覚の花より化生す。仏法の味を愛楽し、禅三昧を食とす。永く身心の悩みを離れて、楽を受くること常に間なし」と。これが「お育て」「功徳の大宝海」の内容です。「正覚の花より化生す」とは煩悩心に智慧が生じる。「禅三昧を食とす」とは煩悩を離れた安楽の心境を常に楽しめる。「楽を受くること常に間なし」とは仏のお心の中に常に安息する。智慧をいただけば不退転に住す。自ずと仏への道に立たされる。

 南無阿弥陀仏



by zenkyu3 | 2018-07-23 05:43 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

阿弥陀仏の御名をきき

 阿弥陀仏の御名をきき
 歓喜讃仰せしむれば
 功徳の宝を具足して
 一念大利無上なり

 (讃弥陀偈讃-28)

 『浄土論』に云わく、「仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ」と。信の一念に智慧をいただく。これが「御名をきき」です。聞くとは信じることです。証拠を見せていただいた。仏のお姿をわずかに垣間見た。以来、仏にすっかり恋をしている。一度、智慧が生じれば、後は智慧に育てられて仏への道をしっかり歩んで行く。信心の人はみな智慧のお育てを喜び、お育てを「功徳の宝」と讃えるのです。

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2018-07-22 05:44 | 三帖和讃のこころ | Comments(2)