<   2018年 06月 ( 29 )   > この月の画像一覧

仏光照曜最第一

 仏光照曜最第一
 光炎王仏となづけたり
 三塗の黒闇ひらくなり
 大応供を帰命せよ
 
 (讃弥陀偈讃-6)

 『無量寿経』に云わく、「無量寿仏の威神光明、最尊第一にして、諸仏の光明及ぶこと能わざるところなり。(中略)それ衆生ありて、この光に遇えば、三垢消滅し、身意柔軟にして、歓喜踊躍し善心を焉に生ず。もし三塗・勤苦の処にありてこの光明を見たてまつれば、みな休息することを得て、また苦悩なけん」と。阿弥陀仏の別名を「光炎王仏」と申し上げる。光の中の光、光の王であるから、どこにいても、どんな状態でも、必ずあなたを見つけて救う。

 南無阿弥陀仏





by zenkyu3 | 2018-06-30 05:44 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

清浄光明ならびなし

 清浄光明ならびなし
 遇斯光のゆえなれば
 一切の業繫ものぞこりぬ
 畢竟依を帰命せよ
 
 (讃弥陀偈讃-5)

 『讃阿弥陀仏偈』に云わく、「清浄の光明ならぶものあることなし。 ゆえに仏をまた無対光となづけたてまつる。この光に遇うものは業繫のぞこる。 このゆえに畢竟依を稽首したてまつる」と。親鸞は「業繋」に「ツミノナワニシバラルルナリ」と左訓している。心は執着するものに縛られて罪を造り、罪を造ることで苦しみを受ける。どんな苦しみも原因は執着ですから、あなたが罪の苦しみから救われたいと願うなら執着を捨てなくてはならない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-29 05:51 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

光雲無碍如虚空

 光雲無碍如虚空
 一切の有碍にさわりなし
 光沢かぶらぬものぞなき
 難思議を帰命せよ
 
 (讃弥陀偈讃-4)

 『讃阿弥陀仏偈』に云わく、「光雲、無碍にして虚空のごとし。ゆえに仏をまた無碍光となづけたてまつる。一切の有碍、光沢をこうむる。 このゆえに難思議を頂礼したてまつる」と。信の一念に智慧をいただくと仏からの道、無碍の一道が開けてくる。光は悪業煩悩を浄化してくださる。悪業煩悩が浄化されると心は柔らかく、喜びが多くなる。悪業煩悩の影響を受けない信後の生活を開いてくださったので、智慧のお徳を讃えて「無碍光仏」と申し上げます。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-28 06:06 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

解脱の光輪きわもなし

 解脱の光輪きわもなし
 光触かぶるものはみな
 有無をはなるとのべたまう
 平等覚に帰命せよ
 
 (讃弥陀偈讃-3)

 『讃阿弥陀仏偈』に云わく、「解脱の光輪、限斉なし。 ゆえに仏をまた無辺光となづけたてまつる。光触をこうむるものは有無を離れる。このゆえに平等覚を稽首したてまつる」と。見たものに執着して心が心本来の自由を失った状態を「煩悩」といいます。執着するものに心が縛られて罪を造り、苦しみを受けるのです。執着する心は好き嫌い、善悪、優劣をもってあらゆることを差別する。差別心を照らして見せてくださるので「平等覚」と申し上げます。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-27 06:03 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)

智慧の光明はかりなし

 智慧の光明はかりなし
 有量の諸相ことごとく
 光暁かぶらぬものはなし
 真実明に帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-2)

 『無量寿経』に云わく、「このゆえに無量寿仏を、無量光仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・焰王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。それ衆生ありて、この光に遇えば、三垢消滅し、身意柔軟にして、歓喜踊躍し善心を焉に生ず。もし三塗・勤苦の処にありてこの光明を見たてまつれば、みな休息することを得て、また苦悩なけん」と。第二首から第十三首は「十二光仏」の名をもって仏徳を讃えます。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-26 06:01 | 三帖和讃のこころ | Comments(2)

弥陀成仏のこのかたは

(讃阿弥陀仏偈和讃・第一回)

 弥陀成仏のこのかたは
 いまに十劫をへたまえり
 法身の光輪きわもなく
 世の盲冥をてらすなり

 (讃弥陀偈讃-1)

 親鸞聖人は曇鸞大師の造られた『讃阿弥陀仏偈』を和讃にして『讃阿弥陀仏偈和讃』と名づけ、『浄土和讃』の冒頭に置かれました。曇鸞大師を大切にしているのです。さて、第一首は『讃阿弥陀仏偈』の第二偈「成仏よりこのかた十劫をへたまえり。 寿命まさにはかりあることなし。法身の光輪、法界にあまねくして、 世の盲冥を照らす。 ゆえに頂礼したてまつる」によっています。竹内先生は言われた。「暗いということを知らないことが本当に暗い」と。

 南無阿弥陀仏



by zenkyu3 | 2018-06-25 05:43 | 三帖和讃のこころ | Comments(2)

依釈段・結勧(2)

 (原文)
 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説
 (読み方)
 道俗時衆、共に同心に、ただこの高僧の説を信ずべし、と。
 (正信偈-60)

 『高僧和讃』に云わく、「釈迦弥陀は慈悲の父母/種種に善巧方便し /われらが無上の信心を/発起せしめたまいけり」と。宿業の身には煩悩だけでなく「信心仏性」が埋め込まれています。この身は無始劫以来の宿業の蓄積で、煩悩は雑多ですが、仏性は一つで、その働きは永遠に変わらない。どのように働くかというと、煩悩を離れ、煩悩の影響を受けないように働くのです。さて、以上で『正信偈』六十行、百二十句を読み終わりました。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-06-23 06:00 | 正信偈のこころ | Comments(2)

依釈段・結勧(1)

 (原文)
 弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪
 (読み方)
 弘経の大士・宗師等、無辺の極濁悪を拯済したまう。
 (正信偈-59)

 『浄土和讃』に云わく、「信心よろこぶそのひとを/如来とひとしとときたまう/大信心は仏性なり/仏性すなわち如来なり」と。竹内先生に最初に教えていただいたのが「仏とは智慧と慈悲の働きである」です。二十九年間、地下水流のようにずっと流れていた先生の言葉が最近になって意識の表面にわき上がってきました。思い出したのには理由があるのでしょう。今回のシリーズでは「智慧と慈悲の働き」「信心仏性」について書いてみたかった。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-22 05:41 | 正信偈のこころ | Comments(0)

依釈段・源空章(4)

 (原文)
 速入寂静無為楽 必以信心為能入
 (読み方)
 速やかに寂静無為の楽に入ることは、必ず信心をもって能入とす、といえり。
 (正信偈-58)

 『高僧和讃』に云わく、「曠劫多生のあいだにも/出離の強縁しらざりき/本師源空いまさずは/このたびむなしくすぎなまし」と。親鸞にとり法然は阿弥陀仏の化身、還相の菩薩として目の前に現れた。弟子にとり師匠は生きた仏であり、師匠の仏心と弟子の仏心が照らし合って、仏仏相念の関係が成り立つ。それゆえ、仏道において善知識との出会いは決定的です。師匠の信心も弟子の信心も如来回向ですが、人生において師を持つ喜びにまさるものはない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-21 06:05 | 正信偈のこころ | Comments(0)

依釈段・源空章(3)

 (原文)
 還来生死輪転家 決以疑情為所止
 (読み方)
 生死輪転の家に還来ることは、決するに疑情をもって所止とす。
 (正信偈-57)

 『選択集』に云わく、「まさに知るべし、生死の家には疑をもつて所止となし、涅槃の城には信をもつて能入となす」と。自力は自分を証明したいから努力する。努力は理想を持つ。理想はただの観念で、観念に照らせばどんな事実だって不完全だからゴールがない。しかし、よく考えれば、いま、このままの事実は完璧に成就されている。だから、なに一つ不足のない事実を受け入れることが「信」であり、受け入れてなにも問題がないから「涅槃」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-06-20 06:08 | 正信偈のこころ | Comments(0)