<   2018年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

依釈段・曇鸞章(1)

 (原文)
 本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼
 (読み方)
 本師、曇鸞は、梁の天子常に鸞のところに向こうて菩薩と礼したてまつる。
 (正信偈-37)

 『教行信証』に云わく、「謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について、真実の教行信証あり」と。三祖・曇鸞(476-542)は洛陽で菩提流志に出会い、『観無量寿経』を授けられて念仏に帰し、『浄土論』の注釈『浄土論註』を著した。この書により浄土教思想が確立したのです。親鸞教学は曇鸞の「回向」の教えの上に成り立っています。それゆえ親鸞は曇鸞を「本師」「菩薩」と敬っているのです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-31 06:00 | 正信偈の教え | Comments(6)

依釈段・天親章(6)

 (原文)
 遊煩悩林現神通 入生死園示応化
 (読み方)
 煩悩の林に遊びて神通を現じ、生死の園に入りて応化を示す、といえり。
 (正信偈-36)

 『高僧和讃』に云わく、「願土にいたればすみやかに/無上涅槃を証してぞ/すなわち大悲をおこすなり/これを回向となづけたり」と。信の一念と、その後のお育ては煩悩のこの身があればこそ経験させていただける。それゆえ「現益」というが、利他教化地は仏の境涯であるから凡夫のわたしの知るところではない。さとりの智慧を与えて救うのが仏の慈悲ですが、まだ仏ではないからさとりの智慧を与えることができない。それゆえ「当益」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-30 07:07 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・天親章(5)

 (原文)
 得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
 (読み方)
 蓮華蔵世界に至ることを得れば、すなわち真如法性の身を証せしむと。
 (正信偈-35)

 真宗教義がよく整理されている。「①功徳大宝海に帰入すれば、必ず大会衆の数に入ることを獲」とは「心の往生」です。「②蓮華蔵世界に至ることを得れば、すなわち真如法性の身を証せしむ」とは「身の往生」です。「③煩悩の林に遊びて神通を現じ、生死の園に入りて応化を示す」とは「利他教化地」です。①②は「往相回向」、③は「還相回向」です。また、①は現益ですが、②③が当益とされているのはまだ煩悩の身を持っているからです。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-05-29 06:01 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・天親章(4)

 (原文)
 帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
 (読み方)
 功徳大宝海に帰入すれば、必ず大会衆の数に入ることを獲。
 (正信偈-34)

 『浄土論』に云わく、「仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ」と。「仏の本願力を観ずるに」とは、仏の本願力を見て云うに。「遇うて空しく過ぐる者なし」とは、本願力に遇って、しかも空しく人生を終えることはない。「能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ」とは、本願力に遇えば、よく、速やかに、弥陀仏がわれらのために成就した海ほどの功徳がわれらの身と心を満たすから、と。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-28 06:01 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・天親章(3)

 (原文)
 広由本願力回向 為度群生彰一心
 (読み方)
 広く本願力の回向に由って、群生を度せんがために、一心を彰す。
 (正信偈-33)

 『浄土論』に云わく、「世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず」と。「世尊」とは釈尊のこと。「我一心に」とは、われ、今、仏のお心をいただいて。「尽十方無碍光如来に帰命して」とは、煩悩に影響されないさとりの智慧に導かれて。「安楽国に生まれんと願ず」とは、仏の悟りを開くでしょう、と。われらを導くために『浄土論』を造って「一心」を明らかにしてくださったと、親鸞は二祖・天親を讃えているのです。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-05-27 06:14 | 正信偈の教え | Comments(2)

依釈段・天親章(2)

 (原文)
 依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
 (読み方)
 修多羅に依って真実を顕して、横超の大誓願を光闡す。
 (正信偈-32)

 『浄土論』に云わく、「かの世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし」と。「かの世界」とは浄土のこと。浄土とは悟りの境地のことです。「三界の道に勝過せり」とは、悟りは迷いの心より高次で、迷いの心に影響されない。しかも、悟りは目に見えないので「究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし」という。よって、浄土往生とは悟りを開くこと、即得往生とは悟りがなにかがわかったことです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-26 06:10 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・天親章(1)

 (原文)
 天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
 (読み方)
 天親菩薩、論を造りて説かく、無碍光如来に帰命したてまつる。
 (正信偈-31)

 七高僧の「第二祖」天親は紀元300 年頃の生まれで、唯識思想の大成者として知られる。『大無量寿経』の注釈である『浄土論』を造られたので、親鸞は「論主」と尊称している。『浄土論』は正式には『無量寿経優婆提舎願生偈』といい、後に「第三祖」の曇鸞が本書を注釈した『浄土論註』を著した。仏教では、仏の説いた教えを「経」といい、印度の菩薩が経について説いたものを「論」、中国・日本の人師が経論について注釈したものを「釈」という。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2018-05-25 06:01 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・龍樹章(6)

 (原文)
 唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩
 (読み方)
 ただよく、常に如来の号を称して、大悲弘誓の恩を報ずべし、といえり。
 (正信偈-30)

 『第十七願文』に云わく、「たとい我、仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、我が名を称せずんば、正覚を取らじ」と。智慧の念仏を称える人を「諸仏」という。諸仏が称える十七願の念仏を聞いて十八願の念仏が成就する。十八願の成就が有名無名の善知識をつくり、有名無名の諸仏が称える念仏を聞いて念仏の行者が生れてくる。無窮の善循環です。色も形もない「さとりの智慧」が「南無阿弥陀仏」と現れ、人をつくり歴史をつくる。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-24 06:00 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・龍樹章(5)

 (原文)
 憶念弥陀仏本願 自然即時入必定
 (読み方)
 弥陀仏の本願を憶念すれば、自然に即の時、必定に入る。
 (正信偈-29)

 誰にも名前がある。知った人の名前なら聞けばすぐ顔が浮かぶ。その人柄も、その人の家族のことも、仕事振り、経歴など、思い出せと言われなくてもすぐ思い出す。ましてや三世流転の闇から救っていただいた「仏さまのお名前」です。仏さまのお名前を聞いたら、すぐに仏さまに救われた一瞬を思い出す。信の一念に仏さまのお名前を称えたからです。だから「南無阿弥陀仏」と称えれば、すぐに仏さまのお心とつながる。それを「憶念」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-23 05:56 | 正信偈の教え | Comments(4)

依釈段・龍樹章(4)

 (原文)
 顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽
 (読み方)
 難行の陸路、苦しきことを顕示して、易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。
 (正信偈-28)

 『高僧和讃』に云わく、「龍樹大士世にいでて/難行易行のみちおしえ/流転輪回のわれらをば/弘誓のふねにのせたまう」と。「難行易行のみち」は仏となる修行において難易があるということで、「信方便の易行」とはいえ、自力無効となることは難中之難です。菩薩十地において「初地」に辿り着いても聖道門の厳しい修行が続くが、浄土門は、信心をいただいて「弘誓のふね」に乗せていただけば、後は本願のお力で仏にしていただくばかりです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-05-22 06:03 | 正信偈の教え | Comments(0)