正信念仏偈(原文)

正信念仏偈(原文)

①総讃

帰命無量寿如来 南無不可思議光

②依経段

(弥陀章)
1法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
2覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
3建立無上殊勝願 超発希有大弘誓
4五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方
5普放無量無辺光 無碍無対光炎王
6清浄歓喜智慧光 不断難思無称光
7超日月光照塵刹 一切群生蒙光照
8本願名号正定業 至心信楽願為因
9成等覚証大涅槃 必至滅度願成就

(釈迦章)
1如来所以興出世 唯説弥陀本願海
2五濁悪時群生海 応信如来如実言
3能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃
4凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味
5摂取心光常照護 已能雖破無明闇
6貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天
7譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇
8獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
9一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願
10仏言広大勝解者 是人名分陀利華

(結誡)
1弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生
2信楽受持甚以難 難中之難無過斯

③依釈段

(総讃)
1印度西天之論家 中夏日域之高僧
2顕大聖興世正意 明如来本誓応機

(龍樹章)
1釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺
2龍樹大士出於世 悉能摧破有無見
3宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽
4顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽
5憶念弥陀仏本願 自然即時入必定
6唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩

(天親章)
1天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
2依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
3広由本願力回向 為度群生彰一心
4帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
5得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
6遊煩悩林現神通 入生死園示応化

(曇鸞章)
1本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼
2三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦
3天親菩薩論註解 報土因果顕誓願
4往還回向由他力 正定之因唯信心
5惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃
6必至無量光明土 諸有衆生皆普化

(道綽章)
1道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
2万善自力貶勤修 円満徳号勧専称
3三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引
4一生造悪値弘誓 至安養界証妙果

(善導章)
1善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪
2光明名号顕因縁 開入本願大智海
3行者正受金剛心 慶喜一念相応後
4与韋提等獲三忍 即証法性之常楽

(源信章)
1源信広開一代教 偏帰安養勧一切
2専雑執心判浅深 報化二土正弁立
3極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中
4煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

(源空章)
1本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人
2真宗教証興片州 選択本願弘悪世
3還来生死輪転家 決以疑情為所止
4速入寂静無為楽 必以信心為能入

(結勧)
1弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪
2道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説

六十行已畢 一百二十句

(教行信証・行巻)



by zenkyu3 | 2018-06-22 05:37 | 仏からの道・資料集 | Comments(2)

 仏の心に出会うまで


 1 はじめに

 わたしは自分の人生にたいへん満足している。といって、金があるわけでも女房がとくに美人だからというわけでもない。仏法に出会えたこと、すなわち人間世界を超えた真実が確かにあったことを知った人生だからだ。求めるべき人生最高の宝を手にした喜びといっていい。

 たまたま私は念仏の教えによって真実を知る経験を持ったが、もともと家庭が門徒であったわけでも、人に勧められて念仏を始めたわけでもない。私が念仏に出会えたのも学生時代に抱えたテーマ、誰もが一度は通る、そして、皆が素通りしてしまう「何のために生きるのか」というテーマを青臭い学生よろしく後生大事に引きずってきたからだろうということになる。

 2 永遠の命

 さて、これから述べようとしているのは一般に廻心と呼ばれている経験のことで、親鸞さんは信心獲得といっているが、何かのきっかけで人間の心がつくっている世界を心そのものが超え出てしまって、人間の心が根本的に転換してしまう事態をいっているのだろうと私は考えている。

 心がつくった世界そのものを超えることだから、どんなに頭で観念をこらしたり心を純化しても超え出ることの不可能な道、むこうからの一方通行の道である。そのような人間世界と隔絶した絶対世界がどのようにして、今生、この有限の身に現前するのか。

 わたしたちは通常「こちら」から「あちら」、むこうにある対象をこちらから見るという「ものの見方」をしているが、私たちが日常的に経験するこの世界を超え出る体験をするとき、不思議なことに「あちら」から「こちら」の世界を見るような「ものの見え方」を獲得する。

 そうすると、こちらの世界、つまり私たちの棲むこの世界が実は客観的に実在する世界ではなくて、私たち人間の心がつくっている仮構の世界だということがわかってくる。するといつも自分の心にわきあがってくる感情や想念への執着心が相対化されて、絶え間なくわきあがる思いに拘束されにくくなる。

 この「ものの見え方」を初めて獲得する経験を廻心といい、この「ものの見え方」を可能にする不思議な働きこそ、釈尊をはじめ多くの人たちを目覚まし続けてきた永遠の命であった。

 この「ものの見え方」がさらに純化されてくると、人間及び自分の心のあさましさが余計にはっきりしてきて、精神生活の中に自ずと懺悔を生じる。ただし、懺悔はエゴを補強するような人間的な知恵による自己反省とは本質的に違うから、必ずしも自己改善を要求しない。

 とはいっても、あさましい姿を見ればそのままでいいとは思えないものだから、なにやら自然と修行者らしくなって人生を歩まされていくのはこのためである。その「ものの見え方」を与え施すことで迷いの事実に目覚ませ救おうとする永遠の働き、それを仏とも本願ともいうのだと私は考えている。それでは、私が信心を獲得するに到った経緯を次に述べる。


3 仕事での挫折

 ちょうど5年前、私は自分の企画で始めた新規事業に失敗して、いや自ら放棄して、親身に育ててきた部下も捨て出奔してしまった。やがて家には戻ったが何をする勇気もなく、ただ仕事を貫徹できない非力さと部下を裏切った卑怯者という烙印を背にして、会社へ行っても何もすることのない日々を3ヵ月程過ごしていた。

 道ばたの小石にすら卑怯者と見下げられているような恥ずかしさの中で息をしていた。最低の人間だった。そんなときに書店で見つけたのが『わが名を称えよ』という本で、これが心に響いて、誰もいない事務所で毎日仕事のように読んでいた。

 やがて札幌を離れ東京での単身赴任が始まり、真宗会館で聞法するようになったが、後生願いの年寄りむけの話ばかりで、ちっとも好きになれなかった。もうここで「人生が何なのか」が分からなかったら俺の人生も終わりだと、思い詰めて過ごす悲惨な毎日だったものの、幸い仕事は窓際で、アパートでは単身だったので読書はふんだんにできた。

 念仏も口真似で称えたが、何の意味があって称えるのかと疑ってする念仏だった。しかし、ともかくも、仏のことしか考えていなかった。そんな中、聞法を始めて4ヵ月ほどたった頃、ある経験をした。


 4 聞法の生活

 例によって、単身生活のアパートで真宗聖典を読んでいたとき、耳の後ろの方でいきなりサーチライトのような激しい光量の光が発生して、部屋を一瞬真っ白にした。驚いて後ろを振り向くと、そこに金色の薄い金箔を中空にはりつけたように、仏の顔が浮かんだのだ。

 一瞬、「とんでもないものを見た」と思った。すぐ幻覚だと分かったが、私にはこれがとても嬉しくて、ひょっとしたら仏という存在者がいて、こんな惨めな私の生涯を見守ってくれているのではないか、という気がしたのだった。

 その頃には、師と呼べる先生に出会って聞法していたが、わからない、わからない、何がわからないのかもわからない、とつぶやくような毎日だったように思う。先生は「急ぐな」というが、私にはまったく余裕がない。わからないのは、わかろうとするからではないかとも思い、念仏に集中して、どこでも念仏していたが、やがて、捨てきれない自分というものの輪郭のようなものが見えだした。

 しかし、捨てたらどうなるという「あて」もないので、ずっと躊躇したままだった。自分という思いを手放したら、人格が崩壊して、虚無に落ち、廃人になってしまうのではないか、そんな恐怖感が出てくるのだ。

 実は、このリーンと静まり返った無機質な暗闇の世界、異常に神経が尖鋭となった孤独の時間を学生の頃にも経験していて、ここで退いては、また人生の真実に出会えないのではないかと、深刻な二者選択を迫られた。念仏にすがっておのれを捨てるか、それとも卑怯者よろしく、また逃げ出すか。挫折の苦しみから逃れる気持ちから始めた聞法だったが、さらに苦しいところへ追い込まれてしまった。

 しかし、そんな生活のなかでも、ほっとすることもあった。ある朝、何かウキウキするような胸騒ぎで眼が覚め、何か変だなと思いながらアパートを出ると、木々が、空が、家並みがみな嬉しそうに微笑んでいるのだった。こんな経験も初めてだったので、強く印象に残った。1月の寒い日だったが、春のような柔らかさに満ちていた。それから間もなくして、仏の心を感じる大きな転換に出会う。


5 わたしの信体験

 ざらざらと砂っぽい東京の1月、例によって、大した仕事もない事務所へ向かう途中、うつむいて緩い坂を歩いていて「ああ、ここは以前、商品開発が入っていたビルだ」と思った瞬間、私の意識の流れを突然遮って、いきなり一枚の絵が意識に割り込んできた。一瞬、時間が止まったと思う。

 広い荒涼とした原野に、後方に屹立する岩山を背に、ひざまずいて一心に祈っている私の姿を見たのだ。その瞬間、カランと乾いた音がして「あっ」と思った。「見た、見た」と。何を見たか、宇宙の果て遠くから、いや「あちら」から私を見ている眼、私を見る視線を見たのだ。解説的にいうと、「仏が見る私の姿」を、はっきりと見せてもらったという感じだろうか。

 「わたしはこうしてお前をいつも見ているのだよ」と、仏が直に私に語りかけたのだと思った。まぎれもない「仏の眼」を見せられるとともに、それを与えた「仏の心」を感じた。いきなり「あちら」からの大きな力に襲われ、永遠を垣間見たような、劇的な経験であった。肩の荷が下りたように身が軽くなり、身体を覆う喜びに支配された。

 こんな感じが1ヵ月くらいは続いただろうか。しかし、そんな喜びも2カ月もするとなくなり、何があったのかというような感じで、やがて、あれは何だったのか、という不審が頭をもたげてきた。再び念仏が始まった。あの感じを忘れないようにと願って念仏したが、1年くらいはまったく駄目で、また振り出しに戻ってしまったような不安に支配されるようになった・・・・。


 6 信心の智慧

 仏とは何か、私は納得のいく説明ができただろうか。私の場合、仕事での挫折と部下を裏切った自責の気持ちが自分への信頼感を崩壊させ、自分への執着心を断ち切る準備となったのだろうと思う。執着を切り捨て切り捨てするうちに自分の心に執着する太い絆に切れ目が生じ、その綱の切れる瞬間に仏の心が現前するのだと考えている。

 いつもわいてくる感情や想念に粘っこくとりつく執着心が一度破れると、わきあがる思い、感情や想念を自分だと思う根本的な誤り(無明)に気づく。この根本的な転換(覚醒)によって人は初めて本当の信仰に入るが、この転換について述べたつもりだ。

 「こちら」から見る人間のものの見方が転換されて、「あちら」から見る「ものの見え方」(真宗では信心の智慧というが)がだんだんと身についてくるその後の4年間であったが、人間的な悩みがなくなったわけでも、ものに動じない強い精神力が確立したわけもない。むしろこの身のもつ煩悩の底知れぬ深さと、口にするのも恥ずかしい醜さにゾッとする生活である。

 煩悩が見えてくるとよけい煩悩をなくそうとする執着が強くなってくるが、この執着が一番しつっこいのかも知れない。しかも煩悩のままにとはなかなかいかないもので、そんなときは知らずに念仏を称えていることが多い。


 7 あとがき

 仕事での挫折を契機に聞法の生活に入り、ようやく5年が過ぎた。生涯でもっとも長い5年だった。それでも近頃、信仰の生活にも一つの区切りがついてきたようなかんじがして、新たな仕事に挑戦する決心をした。このような文章を書こうと思ったのもそのためである。

 信心は私を再び社会へと押し出してくれたが、仏の心がだんだん身になじんできて、身にそう仏の心とともに人生を歩んでいる。(終わり)



(付記)以上は、わたしが42才のときに、櫛谷宗則師が責任編集する『共に育つ』第6号(1996年2月10日発行)に掲載させていただいた文章で、36才のときのわたしの宗教体験を述べたものです。善及



by zenkyu3 | 2018-04-08 21:12 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

仏の心に出会うまで(3)

 5 わたしの信体験

 ざらざらと砂っぽい東京の1月、例によって、大した仕事もない事務所へ向かう途中、うつむいて緩い坂を歩いていて「ああ、ここは以前、商品開発が入っていたビルだ」と思った瞬間、私の意識の流れを突然遮って、いきなり一枚の絵が意識に割り込んできた。一瞬、時間が止まったと思う。

 広い荒涼とした原野に、後方に屹立する岩山を背に、ひざまずいて一心に祈っている私の姿を見たのだ。その瞬間、カランと乾いた音がして「あっ」と思った。「見た、見た」と。何を見たか、宇宙の果て遠くから、いや「あちら」から私を見ている眼、私を見る視線を見たのだ。解説的にいうと、「仏が見る私の姿」を、はっきりと見せてもらったという感じだろうか。

 「わたしはこうしてお前をいつも見ているのだよ」と、仏が直に私に語りかけたのだと思った。まぎれもない「仏の眼」を見せられるとともに、それを与えた「仏の心」を感じた。いきなり「あちら」からの大きな力に襲われ、永遠を垣間見たような、劇的な経験であった。肩の荷が下りたように身が軽くなり、身体を覆う喜びに支配された。

 こんな感じが1ヵ月くらいは続いただろうか。しかし、そんな喜びも2カ月もするとなくなり、何があったのかというような感じで、やがて、あれは何だったのか、という不審が頭をもたげてきた。再び念仏が始まった。あの感じを忘れないようにと願って念仏したが、1年くらいはまったく駄目で、また振り出しに戻ってしまったような不安に支配されるようになった・・・・。


 6 信心の智慧

 仏とは何か、私は納得のいく説明ができただろうか。私の場合、仕事での挫折と部下を裏切った自責の気持ちが自分への信頼感を崩壊させ、自分への執着心を断ち切る準備となったのだろうと思う。執着を切り捨て切り捨てするうちに自分の心に執着する太い絆に切れ目が生じ、その綱の切れる瞬間に仏の心が現前するのだと考えている。

 いつもわいてくる感情や想念に粘っこくとりつく執着心が一度破れると、わきあがる思い、感情や想念を自分だと思う根本的な誤り(無明)に気づく。この根本的な転換(覚醒)によって人は初めて本当の信仰に入るが、この転換について述べたつもりだ。

 「こちら」から見る人間のものの見方が転換されて、「あちら」から見る「ものの見え方」(真宗では信心の智慧というが)がだんだんと身についてくるその後の4年間であったが、人間的な悩みがなくなったわけでも、ものに動じない強い精神力が確立したわけもない。むしろこの身のもつ煩悩の底知れぬ深さと、口にするのも恥ずかしい醜さにゾッとする生活である。

 煩悩が見えてくるとよけい煩悩をなくそうとする執着が強くなってくるが、この執着が一番しつっこいのかも知れない。しかも煩悩のままにとはなかなかいかないもので、そんなときは知らずに念仏を称えていることが多い。


 7 あとがき

 仕事での挫折を契機に聞法の生活に入り、ようやく5年が過ぎた。生涯でもっとも長い5年だった。それでも近頃、信仰の生活にも一つの区切りがついてきたようなかんじがして、新たな仕事に挑戦する決心をした。このような文章を書こうと思ったのもそのためである。

 信心は私を再び社会へと押し出してくれたが、仏の心がだんだん身になじんできて、身にそう仏の心とともに人生を歩んでいる。(終わり)


by zenkyu3 | 2018-04-08 20:14 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

仏の心に出会うまで(2)

 3 仕事での挫折

 ちょうど5年前、私は自分の企画で始めた新規事業に失敗して、いや自ら放棄して、親身に育ててきた部下も捨て出奔してしまった。やがて家には戻ったが何をする勇気もなく、ただ仕事を貫徹できない非力さと部下を裏切った卑怯者という烙印を背にして、会社へ行っても何もすることのない日々を3ヵ月程過ごしていた。

 道ばたの小石にすら卑怯者と見下げられているような恥ずかしさの中で息をしていた。最低の人間だった。そんなときに書店で見つけたのが『わが名を称えよ』という本で、これが心に響いて、誰もいない事務所で毎日仕事のように読んでいた。

 やがて札幌を離れ東京での単身赴任が始まり、真宗会館で聞法するようになったが、後生願いの年寄りむけの話ばかりで、ちっとも好きになれなかった。もうここで「人生が何なのか」が分からなかったら俺の人生も終わりだと、思い詰めて過ごす悲惨な毎日だったものの、幸い仕事は窓際で、アパートでは単身だったので読書はふんだんにできた。

 念仏も口真似で称えたが、何の意味があって称えるのかと疑ってする念仏だった。しかし、ともかくも、仏のことしか考えていなかった。そんな中、聞法を始めて4ヵ月ほどたった頃、ある経験をした。


 4 聞法の生活

 例によって、単身生活のアパートで真宗聖典を読んでいたとき、耳の後ろの方でいきなりサーチライトのような激しい光量の光が発生して、部屋を一瞬真っ白にした。驚いて後ろを振り向くと、そこに金色の薄い金箔を中空にはりつけたように、仏の顔が浮かんだのだ。

 一瞬、「とんでもないものを見た」と思った。すぐ幻覚だと分かったが、私にはこれがとても嬉しくて、ひょっとしたら仏という存在者がいて、こんな惨めな私の生涯を見守ってくれているのではないか、という気がしたのだった。

 その頃には、師と呼べる先生に出会って聞法していたが、わからない、わからない、何がわからないのかもわからない、とつぶやくような毎日だったように思う。先生は「急ぐな」というが、私にはまったく余裕がない。わからないのは、わかろうとするからではないかとも思い、念仏に集中して、どこでも念仏していたが、やがて、捨てきれない自分というものの輪郭のようなものが見えだした。

 しかし、捨てたらどうなるという「あて」もないので、ずっと躊躇したままだった。自分という思いを手放したら、人格が崩壊して、虚無に落ち、廃人になってしまうのではないか、そんな恐怖感が出てくるのだ。

 実は、このリーンと静まり返った無機質な暗闇の世界、異常に神経が尖鋭となった孤独の時間を学生の頃にも経験していて、ここで退いては、また人生の真実に出会えないのではないかと、深刻な二者選択を迫られた。念仏にすがっておのれを捨てるか、それとも卑怯者よろしく、また逃げ出すか。挫折の苦しみから逃れる気持ちから始めた聞法だったが、さらに苦しいところへ追い込まれてしまった。

 しかし、そんな生活のなかでも、ほっとすることもあった。ある朝、何かウキウキするような胸騒ぎで眼が覚め、何か変だなと思いながらアパートを出ると、木々が、空が、家並みがみな嬉しそうに微笑んでいるのだった。こんな経験も初めてだったので、強く印象に残った。1月の寒い日だったが、春のような柔らかさに満ちていた。それから間もなくして、仏の心を感じる大きな転換に出会う。(続く)


by zenkyu3 | 2018-04-07 20:10 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

仏の心に出会うまで(1)

仏教ブログ〈聞其名号信心歓喜乃至一念〉からの再掲載です。


  一向専修のひとにおいては
  廻心といふことただひとたびあるべし。
  その廻心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、
  弥陀の智慧をたまわりて、
  日ごろのこころにては往生かなふべからずとおもひて、
  もとのこころをひきかへて本願をたのみまゐらするをこそ
  廻心とはもうしそうらへ。

  (異義条々・第六条)

 信仰にはある転回点となる体験があります。
 そのことを唯円は「廻心といふことただひとたびあるべし」と述べています。
 以下は、わたしが42才のときに、櫛谷宗則師が責任編集する『共に育つ』第6号
 (1996年2月10日発行)に掲載させていただいた文章で、
 36才のときのわたしの宗教体験を述べたものです。
 体験を整理して文章にできるまでに五年もかかっています。
 紙数が限られていたため、かなり整理されすぎている嫌いはありますが、
 「弥陀の智慧」をたまわるところの廻心体験がどのようなものなのか、
 真剣に聞法する若い人たちの参考になることを願っています。
 読みやすくするために見出しをつけた以外は原文のままです。
 わたしにとっては記念の原稿です。

 
  2010.9.29
  全休



 仏の心に出会うまで


 1 はじめに

 わたしは自分の人生にたいへん満足している。といって、金があるわけでも女房がとくに美人だからというわけでもない。仏法に出会えたこと、すなわち人間世界を超えた真実が確かにあったことを知った人生だからだ。求めるべき人生最高の宝を手にした喜びといっていい。

 たまたま私は念仏の教えによって真実を知る経験を持ったが、もともと家庭が門徒であったわけでも、人に勧められて念仏を始めたわけでもない。私が念仏に出会えたのも学生時代に抱えたテーマ、誰もが一度は通る、そして、皆が素通りしてしまう「何のために生きるのか」というテーマを青臭い学生よろしく後生大事に引きずってきたからだろうということになる。

 2 永遠の命

 さて、これから述べようとしているのは一般に廻心と呼ばれている経験のことで、親鸞さんは信心獲得といっているが、何かのきっかけで人間の心がつくっている世界を心そのものが超え出てしまって、人間の心が根本的に転換してしまう事態をいっているのだろうと私は考えている。

 心がつくった世界そのものを超えることだから、どんなに頭で観念をこらしたり心を純化しても超え出ることの不可能な道、むこうからの一方通行の道である。そのような人間世界と隔絶した絶対世界がどのようにして、今生、この有限の身に現前するのか。

 わたしたちは通常「こちら」から「あちら」、むこうにある対象をこちらから見るという「ものの見方」をしているが、私たちが日常的に経験するこの世界を超え出る体験をするとき、不思議なことに「あちら」から「こちら」の世界を見るような「ものの見え方」を獲得する。

 そうすると、こちらの世界、つまり私たちの棲むこの世界が実は客観的に実在する世界ではなくて、私たち人間の心がつくっている仮構の世界だということがわかってくる。するといつも自分の心にわきあがってくる感情や想念への執着心が相対化されて、絶え間なくわきあがる思いに拘束されにくくなる。

 この「ものの見え方」を初めて獲得する経験を廻心といい、この「ものの見え方」を可能にする不思議な働きこそ、釈尊をはじめ多くの人たちを目覚まし続けてきた永遠の命であった。

 この「ものの見え方」がさらに純化されてくると、人間及び自分の心のあさましさが余計にはっきりしてきて、精神生活の中に自ずと懺悔を生じる。ただし、懺悔はエゴを補強するような人間的な知恵による自己反省とは本質的に違うから、必ずしも自己改善を要求しない。

 とはいっても、あさましい姿を見ればそのままでいいとは思えないものだから、なにやら自然と修行者らしくなって人生を歩まされていくのはこのためである。その「ものの見え方」を与え施すことで迷いの事実に目覚ませ救おうとする永遠の働き、それを仏とも本願ともいうのだと私は考えている。それでは、私が信心を獲得するに到った経緯を次に述べる。(続く)


by zenkyu3 | 2018-04-06 20:08 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

第一帖
第一通「ある人いわく」
第二通「出家発心」
第十三通「三経安心」

第二帖
第一通「御浚え」
第十一通「五重の義」

第三帖
第四通「大聖世尊」
第十二通「宿善有無」

第四帖
第一通「念仏行者」
第九通「疫癘」
第十五通「大坂建立」

第五帖
第一通「末代無智」
第二通「八万の法蔵」
第五通「信心獲得」
第六通「一念に弥陀」
第七通「それ女人の身は」
第九通「安心の一義」
第十通「聖人一流」
第十一通「御正忌」
第十二通「御袖すがり」
第十三通「六字名号」
第十五通「それ弥陀如来」
第十六通「白骨」


by zenkyu3 | 2018-03-18 06:00 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

1条「弥陀をたのむ一念のおこるとき」
2条「南無というは帰命なり」
3条「御たすけそうらえとたのむとき」
7条「発願回向のこころを感ずるなり」
8条「ききわけて、え信ぜぬもののことなり」
11条「他力の安心をしかと決定なくは」
13条「教化するひと」
14条「うれしさに念仏もうすばかりなり」
17条「ときどき懈怠することあるとも」
18条「滅度のさとりのかたは」
20条「安心をとりて、ものをいわば、よし」
30条「一念の信心をえてのちの相続というは」
35条「はかろうて念仏もうすは」
36条「無生の生とは」
37条「回向というは」
38条「つみの沙汰、無益なり」
40条「機のあつかいをするは雑修なり」
46条「信心に御なぐさみ候う」
47条「これまでと存知たることなし」
50条「聴かば、かどをきけ」
54条「わがこころにまかせず、たしなめ」
55条「信をうる機、まれなり」
56条「仏法のことにとりなせ」
58条「われはわろきとおもうもの」
64条「衆生をしつらいたまう」
68条「覚如様御歌」
73条「堺の日向屋は、三十万貫持ちたれども」
81条「「仏法には無我」と、仰せられ候う」
82条「しれるところをとえば徳分ある」
84条「冥加をおそろしく存ずべき」
100条「かりに、果後の方便によりて」
103条「よろずに付きて、油断あるまじきこと」
106条「時節到来と云うこと」
109条「善知識の御ことを、おろそかに存じ候う」
110条「木の皮をきるいろめなりとも」
128条「法には、あらめなるがわろし」
136条「人の身には、眼耳鼻舌身意の六賊ありて」
141条「仏法は内心に深く蓄えよ」
152条「輒くおこしがたき信なれども」
154条「同行のまえにては、よろこぶなり」
155条「仏法には、世間のひまを闕きてきくべし」
157条「仏法をあるじとし」
160条「人にまけて信をとるべきなり」
161条「如来の仏心と一つになしたまうが故に」
175条「ただ人は、みな、耳なれ雀なり」
176条「信をとらんと、思う人なきなり」
183条「安心の一通りを申され候えば」
186条「信をとらぬによりて、わろきぞ」
188条「たのむ一念の所、肝要なり」
193条「仏法は、聴聞にきわまることなり」
195条「わがみのわろき事は」
204条「これ、不退の密益なり」
206条「冥加に叶うと云うは」
210条「信治定の人は、誰によらず」
213条「心得たと思うは、心得ぬなり」
225条「仏恩を嗜む」
228条「人の、辛労もせで徳とる上品は」
229条「わが心、本になるによりて」
233条「物にあくことはあれども」
239条「南無阿弥陀仏の主になるなり」
244条「思案の頂上と申すべきは」
250条「心に偽りあらじと、嗜む人は」
276条「ただ「聖人」と直に申せば」
279条「今生の事を心に入るるほど」
298条「悪事だに思い付きたるは」
300条「かなしきにも、かなわぬにつけても」

(2017.7.30~)


by zenkyu3 | 2018-03-12 06:02 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

末燈鈔
第五通「自然法爾章」
第六通「愚者になりて往生す」
第二十二通「『宝号経』にのたまわく」

親鸞聖人御消息集・広本
第一通「無明のさけにえいふして」
第十四通「行と信とは御ちかいを申すなり」

御消息集・善性本
第二通「摂取不捨の利益にあずかるゆえに」
第五通「信心の人は如来とひとし」
第七通「ただ、仏にまかせまいらせ給え」

親鸞聖人血脈文集
第一通「他力には義なきを義とす」


by zenkyu3 | 2018-03-07 06:35 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

高僧和讃
釈迦弥陀は慈悲の父母/種種に善巧方便し
真宗念仏ききえつつ/一念無疑なるをこそ 
本願力にあいぬれば/むなしくすぐるひとぞなき
無碍光如来の名号と/かの光明智相とは

正像末和讃
罪福信ずる行者は/仏智の不思議をうたがいて 
聖道門のひとはみな/自力の心をむねとして
浄土真宗に帰すれども/真実の心はありがたし
浄土の大菩提心は/願作仏心をすすめしむ
仏智の不思議を疑惑して/罪福信じ善本を
弥陀智願の広海に/凡夫善悪の心水も
無慚無愧のこの身にて/まことのこころはなけれども

(2016.11.21~)




by zenkyu3 | 2018-02-24 22:38 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)

二河白道の譬え(原文)

*1 また一切往生人等に白さく、今更に行者のために、一つの譬喩を説きて信心を守護して、もって外邪異見の難を防がん。何者かこれや。

*2 譬えば、人ありて西に向かいて行かんと欲するに百千の里ならん、忽然として中路に二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし。正しく水火の中間に、一つの白道あり、闊さ四五寸許なるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交わり過ぎて道を湿す。その火焰また来りて道を焼く。水火あい交わりて常にして休息なけん。

*3 この人すでに空曠の迥なる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊悪獣ありて、この人の単独なるを見て、競い来りてこの人を殺さんと欲す。死を怖れて直ちに走りて西に向かうに、忽然としてこの大河を見て、すなわち自ら念言すらく、「この河、南北辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きわめてこれ狭少なり。二つの岸、あい去ること近しといえども、何に由ってか行くべき。今日定んで死せんこと疑わず。正しく到り回らんと欲すれば、群賊悪獣漸漸に来り逼む。正しく南北に避り走らんと欲すれば、悪獣毒虫競い来りて我に向かう。正しく西に向かいて道を尋ねて去かんと欲すれば、また恐らくはこの水火の二河に堕せんことを。」

*4 時に当たりて惶怖すること、また言うべからず。すなわち自ら思念すらく、「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし」と。この念を作す時、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く。「仁者ただ決定してこの道を尋ねて行け、必ず死の難なけん。もし住まらばすなわち死せん」と。また西の岸の上に人ありて喚うて言わく、「汝一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と。

*5 この人すでに此に遣わし彼に喚うを聞きて、すなわち自ら正しく身心に当たりて、決定して道を尋ねて直ちに進みて、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚うて言わく、「仁者回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。必ず死せんこと疑わず。我等すべて悪心あってあい向うことなし」と。

*6 この人、喚う声を聞くといえどもまた回顧ず。一心に直ちに進みて道を念じて行けば、須臾にすなわち西の岸に到りて永く諸難を離る。善友あい見て慶楽すること已むことなからんがごとし。これはこれ喩なり。

(教行信証・信巻「二河白道」引用部分)


by zenkyu3 | 2018-01-08 06:03 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)