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 南無阿弥陀仏

 二ヶ月かけてゆっくりと『正信偈』六十行、百二十句を読んでまいりましたが、わたしにはいくつかはっきりさせていただいたことがありました。みなさんはどうでしたでしょうか。このブログを読んでくださる御同行のみなさんがおられればこそ、このように続いて行かれるものと感謝しております。

 さて、明日からは『讃阿弥陀仏偈和讃』四十八首を一日一首ずつ読んでまいります。浄土の如来・聖衆・国土の三種荘厳を讃歎する四十八首の和讃ですが、今なら読んでいけそうに感じています。なお、字句解説はその力がありません。しかるべき書を参照ください。また、気づいたことがありましたらコメントください。

 善及記す


by zenkyu3 | 2018-06-24 05:50 | このブログのこと | Comments(0)

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 カテゴリに「正信偈の教え」を追加しました。六十行、百二十句からなる『正信偈』を一日一行ずつ読んでまいります。『正信偈』は親鸞聖人の教えのエッセンスであり、背景には漢文で書かれた『教行信証』一巻六部があります。字句解説の力量などとてもないことを予め白状しておきます。善及
by zenkyu3 | 2018-04-25 05:54 | このブログのこと | Comments(0)

仏教ブログを終了します

 仏教ブログ〈聞其名号信心歓喜乃至一念〉を明日18日(水)をもって終了します。一昨年の11月13日が最後の更新でしたが、予想外に多くの人に読まれていたので、そのままにしていました。仏教ブログを始めたのは 2010年9月8日です。ありがとうございました。善及
by zenkyu3 | 2018-04-17 14:58 | このブログのこと | Comments(4)

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 カテゴリに「コメント欄から」を追加しました。コメントには必ず返信させていただいていますが、その中には他の読者のみなさんにも読んでほしいと思うコメントが少なからずあります。これから少しばかり切り出して紹介してまいります。みなさんからのコメントをお待ちしています。善及 

by zenkyu3 | 2018-04-15 06:00 | このブログのこと | Comments(0)

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 「会員からのお便り」は1991年10月、竹内先生の下で聞法を始めてから2年目の秋、月1回の崇信セミナーの日程をお知らせする葉書の裏になにか文章でも書いてみてくれないか、との先生からのお勧めで始まりました。年齢的には38歳から41歳の頃のもので39通あります。竹内先生の下で聴聞をしていた頃の記憶につながるので仏教ブログ〈聞其名号信心歓喜乃至一念〉の終了にあたり再掲載いたします。善及
by zenkyu3 | 2018-04-09 06:04 | このブログのこと | Comments(0)

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 仏教ブログ〈聞其名号信心歓喜乃至一念〉の終了にあたり「仏の心に出会うまで」を再掲載します。「仏の心に出会うまで」はわたしが42才のときに櫛谷宗則師が責任編集する『共に育つ』第6号(1996年2月10日発行)に掲載させていただいた文章で、36才のときのわたしの宗教体験を述べたものです。信仰の基礎となってきた体験で、わたしにとり大切な文章ですので当ブログ〈資料集〉に再録しておきます。善及


by zenkyu3 | 2018-04-06 20:05 | このブログのこと | Comments(2)

「帖外ブログ」について

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 二月六日に新カテゴリ「帖外ブログ」を始めました。現在十九本目ですが他の記事よりは多く読まれているようです。当ブログはお聖教にわたしの領解をつけて記事にしていますが、お聖教の引用なく思いついたことを書くだけなので「帖外ブログ」としました。仏教の考え方をわたしなりに述べたものです。善及


by zenkyu3 | 2018-04-05 13:35 | このブログのこと | Comments(0)

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 カテゴリ「歎異抄を読む」の記事として「故聖人のおんものがたり」(全十六回)を書き終わりました。三月二十日から四月四日までの記事です。『歎異抄』は四十年近く読んできましたが、今回はなんとなく書きたいことが書けた気がします。『歎異抄』がいかによく全体の構成を考えて書かれている著述であるかを伝えたかった。善及


by zenkyu3 | 2018-04-05 13:31 | このブログのこと | Comments(0)

e0361146_09505421.jpg  弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
  ひとえに親鸞一人がためなりけり。
  されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、
  たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ。

  (歎異抄・後序)

  この一句でご開山聖人は永遠に生きていられる。
  ご開山聖人の面影はこの一句でつきる。それほどに感銘深いものである。
  この一句を伝えているだけでも『歎異抄』は不滅のものであるといえる。

  (歎異抄聴記460ページ)


 量深師の『歎異抄聴記』を読みます。大変難しい本ですが、端から理解できるなんて思わないで読むのがよいでしょう。ほとんど理解できないけど読んでいて楽しい本というのも珍しい。師の魅力は古くなった真宗教義の読み替え、言い替えに果敢に挑戦していることだと思います。それあるゆえに真宗教義が現代の感覚に近くなる。とはいえ、明治生まれの学僧ですから、すでに量深師も古くなってしまったかもしれませんが、仏の呼び声を聞き取ってほしい。


 さて、お聖教の中でも親鸞の肉声を聞くことができるのは唯一『歎異抄』だけです。しかも、親鸞の言葉で「信心とはなにか」が直接語られている。これが『歎異抄』の魅力です。信を取りたい人はぜひ『歎異抄』を毎日読んでほしい。そういう意味でも『聴記』は『歎異抄』の正しい読み方をわたしたちに教えてくれるでしょう。読むのが楽しみです。善及


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by zenkyu3 | 2018-01-21 06:28 | このブログのこと | Comments(3)

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 『蓮如上人御一代記聞書』を拝読しています。この書は編者は不明ですが、蓮如の言葉を主にして箇条書きで構成され、全体で三百十六箇条で成り立っています。このたびは、とくに、信後の内面深くのことに触れる箇条をいくつか発見できたことで、蓮如の印象が少し変りました。昨日の記事「仏恩を嗜む」もそれで、智慧の働きに育てられて日暮しする念仏者の信後の内面生活を簡潔に示されていて驚きました。「仏恩を嗜む」ところまで信心が深まっているのです。諸仏に囲まれて、わたしたちは楽々と仏道を歩ませていただいております。

 いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。読んでくださる皆さんがおられて続けられています。昨年は一月から九月まで『香樹院語録』を拝読いたしました。香樹院師の温かなお人柄に包まれるような心地よさがありました。いつかまた読み直すことがあるでしょう。振り返ると、このシリーズは昨年七月から始め、いつしか六十回を越えていました。そろそろ時期が来たようです。七十回を目処に終わろうと考えています。次は、なにを読ませていただけるのでしょうか。これからも、一緒に聴聞いたしましょう。善及

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-07 06:03 | このブログのこと | Comments(0)