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2019年 04月 18日 ( 1 )

 親鸞は弟子一人ももたずそうろう。そのゆえは、わがはからいにて、ひとに念仏をもうさせそうらわばこそ、弟子にてもそうらわめ。ひとえに弥陀の御もよおしにあずかって、念仏もうしそうろうひとを、わが弟子ともうすこと、きわめたる荒涼のことなり。

(歎異抄・第六章 -41)

 わたしは竹内先生から信心をいただいたのではない。竹内先生に「弥陀の御もよおしにあずかって、念仏もうしそうろうひと」を見て、それで仏を信じることができた。だから、竹内先生からなにか特別なことを教わったということもない。それまでも信心を知っていそうな人を探しながら聞法していたが、それらしい人はいなかった。それがようやく竹内先生の所にとどまることができた。もし竹内先生に出遇わなかったら、わたしのような者はどうなっていたろうかと、いつも思うのです。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2019-04-18 05:49 | 歎異抄を読む | Comments(0)