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2019年 04月 06日 ( 1 )

 念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん。

(歎異抄・第九章 -29)

 信心とは仏の眼でもって自分の心が見えるということです。自分の心がいかにお粗末か、いよいよはっきりするというものです。少しでも悟ったら動じない心になるくらいに思っていたかも知れないが、それはまったく違うんであって、いよいよ助からない自分がはっきりするんでしょう。

 南無阿弥陀仏  

by zenkyu3 | 2019-04-06 05:53 | 歎異抄を読む | Comments(0)