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2019年 04月 03日 ( 1 )

父母の孝養のためとて

 親鸞は父母の孝養のためとて、一辺にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。そのゆえは、一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり。

(歎異抄・第一章 -26)

 七高僧の伝灯は「個の救済」としての宗教です。親鸞の現生不退の仏教に「父母の孝養のため」など入る余地はない。まったく関係ない。それでも先祖供養にこだわる同行に対して親鸞は「六道四生のあいだ、いずれの業苦にしずめりとも」と方便の教えを説いた。「この順次生に仏になりて」「神通方便をもって、まず有縁を度すべきなり」と、こういう話も親鸞はされたのでしょう。

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2019-04-03 05:35 | 歎異抄を読む | Comments(0)