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2019年 04月 01日 ( 1 )

自力作善のひとは

 自力作善のひとは、ひとえに他力をたのむこころかけたるあいだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。

(歎異抄・第三章 -24)

 真面目な人は自分の心に責任を感じている。だから、自ずと道徳的になって自分の心をよくしようと努力する。出来るかどうかは別にして、そのような人の努力を「これみな難行上根のつとめ、観念成就のさとりなり」(第十五章)という。自力の根性は自分の心をよくできるという信念の上に成り立っているが、人生問題に直面して信念が根底から揺らぐことがある。自分の心が自分の思い通りにならなくなって動揺するのです。当の本人は意外に感じるかも知れないが、もともと大した信念ではなかったのだし、たまたま自分の心の惰弱さに直面しなかったというだけに過ぎない。もし、本当に真面目な人なら、ここで「人生問題」が「生死の問題」に深化する。

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2019-04-01 05:35 | 歎異抄を読む | Comments(2)