2018年 10月 31日 ( 1 )

安楽国に生まれんと願ず

 『浄土論』に曰わく、世尊、我一心に尽十方の無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生まれんと願ず。かの世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり。究竟して虚空のごとし、広大にして辺際なし、とのたまえり。

(教行信証・真仏土巻「浄土論」引用部分)

 形ある世界は生滅を繰り返す。これを無常という。形がない世界は生滅がない。これを常という。形がないから空間としては無辺際、時間としては永遠です。これを「虚空」という。世界のあり方としては、すべては無常であるが、無常でありながら、どれほど変化しても「変化しないという本質」を失わないから無限に変化することができる。世界はこのような在り方をしている。無常敗壊の身を持つわれらは無常の世界しか知らないが、それは世界の一面しか見ていない。無常だけを見れば死に至る闇しかない。しかし、常を見れば不生不滅の世界、すなわち涅槃の光を見る。『浄土論』に「かの世界の相を観ずるに、三界の道に勝過せり」とは、天親菩薩は有相を超えた無相を見た。無相を見たので「世尊、我一心に尽十方の無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生まれんと願ず」と、初めて真実の帰依が生じた。これを菩薩初地の不退転地という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-10-31 05:18 | 教行信証のこころ | Comments(0)