2018年 10月 26日 ( 1 )

歎異抄・第十章(2)

 「念仏には無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」とおおせそうらいき。

(歎異抄・第十章)

 前十章中、第二章と第九章がとくに長文で際立っている。第二章は「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」と、親鸞自ら、法然からの南無阿弥陀仏の相承を語ったもので、対面する関東の弟子たちを圧倒して迫力がある。唯円はこの時初めて親鸞を見た。また、第九章は「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり」と、これは親鸞に信心を認めてもらった感動を唯円自身が伝えるものです。思えば、前序に「幸いに有縁の知識に依らずは、いかでか易行の一門に入ることを得んや」とあるが、第二章は法然から親鸞へ、第九章は親鸞から唯円へと法が伝わったことを明らかにするものです。仏心は人から人へと伝わる。この世に生まれて師をもつ喜びにまさるものはない。

 南無阿弥陀仏  


by zenkyu3 | 2018-10-26 05:46 | 歎異抄を読む | Comments(0)