2018年 10月 25日 ( 1 )

歎異抄・第十章(1)

 「念仏には無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」とおおせそうらいき。

(歎異抄・第十章)

 前半の「御物語十か条」の最終章です。前十章を俯瞰すると、第一章は「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」、すなわち信の一念に浄土の門が開いて念仏の行者が浄土に向けて歩みだす。仏道の入口です。第七章は「無碍の一道」、智慧の念仏に育てられながら仏への道を歩み続ける仏道の途中です。そして、第十章が「無義をもって義とす」、一切にはからいのない安楽、仏道の到達点です。この三章をもって仏道の全体を明らかにしています。さらに細かく見れば、教行信証の四法からして、第一章は「教」、第二章は「行」、第三章は「信」、そして、第四章、第五章、第六章は「証」に配当される。また、続く第七章、第八章、第九章は「悪をもおそるべからず」の現生不退の内面を明らかにし、第十章に仏道の到達点を示した。実によく考えられている。

 南無阿弥陀仏  

by zenkyu3 | 2018-10-25 05:05 | 歎異抄を読む | Comments(0)