2018年 10月 13日 ( 1 )

不退の位に至る

 「必得往生」と言うは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。『経』(大経)には「即得」と言えり、『釈』(易行品)には「必定」と云えり。「即」の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり。「必」の言は、審なり、然なり、分極なり、金剛心成就の貌なり。

(教行信証・行巻「御自釈」部分)

 「審」はあきらかなり。仏になるに決まっているので、あきらかなり。「然」はしからしむ。願力の自然によって仏へと育てていただくので、しからしむなり。「分極」は分れの極まり。迷いと悟りのギリギリの境い目。すなわち、信の一念のことです。「報土の真因決定する時剋の極促」とは、信の一念に智慧が生じる。智慧が報土を開くので「真因」という。報土が明らかになればそちらに向かって歩み出す。迷いはない。それゆえ、信の一念に智慧が生じることを「不退の位に至る」 という。これが「金剛心成就の貌なり」、すなわち、十八願成就、信心を得るということです。

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2018-10-13 05:17 | 教行信証のこころ | Comments(0)