2018年 09月 08日 ( 1 )

心歓喜得忍

 また云わく、「心歓喜得忍」と言うは、これは阿弥陀仏国の清浄の光明、たちまちに眼前に現ぜん。何ぞ踊躍に勝えん。この喜びに因るがゆえに、すなわち無生の忍を得。また「喜忍」と名づく、また「悟忍」と名づく、また「信忍」と名づく。勇猛専精にして心に見んと想う時に、方に忍を悟るべし。

(教行信証・信巻「観経疏」引用部分)

 『観経』に云わく、「韋提希、五百の侍女と、仏の所説を聞きて、時に応じてすなわち極楽世界の広長の相を見たてまつる。仏身および二菩薩を見たてまつることを得て、心に歓喜を生ず。未曾有なりと歎ず。廓然として大きに悟りて、無生忍を得」と。すなわち、われらは念仏に命を懸けて励み、一心に仏を見んと願う時、信の一念極まって「仏身および二菩薩を見たてまつる」ということが起きる。わたしが仏を見ることは仏がわたしを見ることと同じだから、このとき、仏のお心と心がつながる。思うに、どの経典であれ「心歓喜得忍」の体験を伝えないものはない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-09-08 05:13 | 教行信証のこころ | Comments(0)