一 「総別、人にはおとるまじき、と思う心あり。
  此の心にて、世間には、物もしならうなり。
  仏法には、無我にて候ううえは、人にまけて信をとるべきなり。
  理をまげて情をおるこそ、仏の御慈悲なり」と、仰せられ候う。

  (蓮如上人御一代記聞書160条)


 受け入れられない事実に直面すると「不条理だ!」と心が叫ぶ。事実が受け入れられないのは理屈や感情が事実より"上"にあって偉そうだからである。それを仏法では「邪見驕慢」といって嫌われる。仏のお慈悲は「理をまげて情をおる」。我慢の鼻っ柱をへし折る。こんなことは誰も望まないから、実に難信である。「人にはおとるまじき」と生存競争を生き抜いてきたが、おのれをよしとする我慢が基礎から崩壊するような事実に直面することがある。仏のお慈悲に心が向くかどうか、これもまた宿善である。縁のない人には縁がない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-03-12 06:03 | 蓮如上人御一代記聞書を読む | Comments(0)

1条「弥陀をたのむ一念のおこるとき」
2条「南無というは帰命なり」
3条「御たすけそうらえとたのむとき」
7条「発願回向のこころを感ずるなり」
8条「ききわけて、え信ぜぬもののことなり」
11条「他力の安心をしかと決定なくは」
13条「教化するひと」
14条「うれしさに念仏もうすばかりなり」
17条「ときどき懈怠することあるとも」
18条「滅度のさとりのかたは」
20条「安心をとりて、ものをいわば、よし」
30条「一念の信心をえてのちの相続というは」
35条「はかろうて念仏もうすは」
36条「無生の生とは」
37条「回向というは」
38条「つみの沙汰、無益なり」
40条「機のあつかいをするは雑修なり」
46条「信心に御なぐさみ候う」
47条「これまでと存知たることなし」
50条「聴かば、かどをきけ」
54条「わがこころにまかせず、たしなめ」
55条「信をうる機、まれなり」
56条「仏法のことにとりなせ」
58条「われはわろきとおもうもの」
64条「衆生をしつらいたまう」
68条「覚如様御歌」
73条「堺の日向屋は、三十万貫持ちたれども」
81条「「仏法には無我」と、仰せられ候う」
82条「しれるところをとえば徳分ある」
84条「冥加をおそろしく存ずべき」
100条「かりに、果後の方便によりて」
103条「よろずに付きて、油断あるまじきこと」
106条「時節到来と云うこと」
109条「善知識の御ことを、おろそかに存じ候う」
110条「木の皮をきるいろめなりとも」
128条「法には、あらめなるがわろし」
136条「人の身には、眼耳鼻舌身意の六賊ありて」
141条「仏法は内心に深く蓄えよ」
152条「輒くおこしがたき信なれども」
154条「同行のまえにては、よろこぶなり」
155条「仏法には、世間のひまを闕きてきくべし」
157条「仏法をあるじとし」
160条「人にまけて信をとるべきなり」
161条「如来の仏心と一つになしたまうが故に」
175条「ただ人は、みな、耳なれ雀なり」
176条「信をとらんと、思う人なきなり」
183条「安心の一通りを申され候えば」
186条「信をとらぬによりて、わろきぞ」
188条「たのむ一念の所、肝要なり」
193条「仏法は、聴聞にきわまることなり」
195条「わがみのわろき事は」
204条「これ、不退の密益なり」
206条「冥加に叶うと云うは」
210条「信治定の人は、誰によらず」
213条「心得たと思うは、心得ぬなり」
225条「仏恩を嗜む」
228条「人の、辛労もせで徳とる上品は」
229条「わが心、本になるによりて」
233条「物にあくことはあれども」
239条「南無阿弥陀仏の主になるなり」
244条「思案の頂上と申すべきは」
250条「心に偽りあらじと、嗜む人は」
276条「ただ「聖人」と直に申せば」
279条「今生の事を心に入るるほど」
298条「悪事だに思い付きたるは」
300条「かなしきにも、かなわぬにつけても」

(2017.7.30~)


by zenkyu3 | 2018-03-12 06:02 | 仏からの道・資料集 | Comments(0)