2018年 03月 11日 ( 1 )

虚偽の正体をあらわす

(歎異抄・第九条・その三)

  また浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、
  いささか所労のこともあれば、
  死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。

  (歎異抄・第九条)

  生きているものには死ぬことが一番おそろしい。
  自分の生命を中心として父母あり子あり友人あり財産あり、
  あらゆるものが自分を中心としてある。
  それが死ぬときになるといっぺんに消える。
  それがまこととしていることが、いっぺんに虚偽の正体をあらわす。
  みな空の空たるものである。空なるもので妄念妄想をあてにしている。
  それが死によっていつわり、虚偽の正体をあらわす。
  それをおそれるのである。

  (歎異抄聴記277ページ)

 譬えて言えば、身体は仏心を入れた箱です。中に仏心が入っていることを知らない人は箱のことだけを気にする。仏心を自覚すれば仏になるが、仏心に気がつかなければ箱のまま死ぬ。わたしは箱ではない。わたしは無生無滅の仏心であると気づいた人は永遠の命を獲得する。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-03-11 06:14 | 歎異抄聴記を読む | Comments(2)