2018年 01月 20日 ( 1 )

大坂建立の御文

  しかれば愚老、当年の夏ごろより違例せしめて、
  いまにおいて本腹のすがたこれなし。
  ついには当年寒中には、かならず往生の本懐をとぐべき条、
  一定とおもいはんべり。
  あわれ、あわれ、存命のうちに、
  みなみな信心決定あれかしと、朝夕おもいはんべり。
  まことに宿善まかせとはいいながら、
  述懐のこころしばらくもやむことなし。(以上、一部抜粋)

  (御文・第四帖・第十五通)

 竹内先生はお勤めの最後にときどき「白骨の御文」を読まれました。お弟子さんは(当時のわたしには)おばあちゃんが多かったけれど、ときにサロンのような穏やかさに緊張感を入れたいのだと、頭を下げて拝聴しながら、わたしは勝手にそう推測していたものです。だから、白骨の御文を読むと、いつも竹内先生とそのお弟子さんたちのことを思い出します。

 とくに、最晩年の先生は「時間がない、時間がない」と言われていた。すでに往生を待つだけの身で、なぜ、そう言うのかと不審だったけれど、そうではなく「あなたたちは安穏としているけれど、もう時間はないのですよ」「あなたたちに話してあげることはもうできなくなりますよ」と、数十年ともに聴聞してきたお弟子さんたちに向けられた言葉だったのです。

 この御文の末尾には「明応七年十一月二十一日よりはじめて、これをよみて人々に信をとらすべきものなり」とあり、その年の報恩講のために書かれたものとわかります。蓮如の最後の御文です。「あわれ、あわれ、存命のうちに、みなみな信心決定あれかしと、朝夕おもいはんべり」とのお心は「時間がない、時間がない」と言われていた竹内先生の最晩年のお心と同じです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-20 06:02 | 御文を読む | Comments(0)