2018年 01月 18日 ( 1 )

御正忌の御文

  「南無」という二字のこころは、もろもろの雑行をすてて、
  うたがいなく一心一向に阿弥陀仏をたのみたてまつるこころなり。
  さて「阿弥陀仏」という四つの字のこころは、
  一心に弥陀を帰命する衆生を、ようもなくたすけたまえるいわれが、
  すなわち「阿弥陀仏」の四つの字のこころなり。
  されば南無阿弥陀仏の体をかくのごとくこころえわけたるを、
  信心をとるとはいうなり。(以上、一部抜粋)

  (御文・第五帖・第十一通)

 南無とは「たのむ」わたし。阿弥陀仏とは「たすける」仏。わたしと仏が二つで一つ、仏とわたしが心通じ合うことを南無阿弥陀仏といいます。「うたがいなく一心一向に阿弥陀仏をたのむ」とは無我になることです。心が空(から)になると、空になった心を仏の心が満たす。仏の心が顕になる。わたしを離れて仏はなく、仏を離れてわたしもない。仏とわたしの、一つで二つ、二つで一つの関係を南無阿弥陀仏という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-18 06:17 | 御文を読む | Comments(0)