2018年 01月 05日 ( 1 )

  一 皆人毎に、よきことを云いもし、働きもすることあれば、
  真俗ともに、それを、わが、よき者に、はや、なりて、
  その心にて、御恩ということは、うちわすれて、
  わが心、本になるによりて、冥加につきて、
  世間・仏法、ともに、悪き心が、必ず、必ず、出来するなり。
  一大事なりと云々

  (蓮如上人御一代記聞書229条)

 試みに現代語訳。「人は誰しも、仏法のことが少しばかり分かりもし、念仏も出るようになると、早、一人前の仏法者になったような気になり、人にも信心の人と思われて得意になるうちに、わが心をよしとするようになって、仏のご恩をも忘れてしまうのである。こうなると世渡りでも必ず悪いことが起きるし、仏のお力にすがる思いもすっかり忘れて、信仰心をなくしてしまうのである。まことに恐ろしいことである」と、蓮如上人は言われました。

 不退転の菩薩が転落する。多分、二度と不退転に登れない。信体験を得ても行が確立していないから、頭だけの信仰になってしまう。悟ったとの思いが頭を絶対にしてしまう。頭だけの信心は行がないので必ず転落する。蓮如上人は「一大事」と言った。菩薩の死である。本当に恐ろしいことであるが、当の本人は気づいていない。行に仕えることが念仏の日暮しである。信のない行は中身がないが、行のない信はそもそも成り立たない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-05 06:17 | 蓮如上人御一代記聞書を読む | Comments(2)