2018年 01月 04日 ( 1 )

わがみのわろき事は

  一 「人のわろき事は、能く能くみゆるなり。
  わがみのわろき事は、おぼえざるものなり。
  わがみにしられてわろきことあらば、能く能くわろければこそ、
  身にしられ候うと思いて、心中を改むべし。
  ただ、人の云う事をば、よく信用すべし。
  わがわろき事は、おぼえざるものなる」由、仰せられ候う。

  (蓮如上人御一代記聞書195条)

 仏教を内道という。内に眼を向けるから内道という。目は外を見る。見るものに心を取られて一生を終わる。だから、自分の心はなにも手入れがされないで放置される。法を聞くとは内に眼を向ける。見たくない心が見えてきて、辛くなるからみな聞法を止める。自分の心をよく見ることは世間を捨てることになるから、これまた恐くなって聞法を止める。いずれにしろ、心の現実はわたしを絶望させる。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-04 06:09 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)