2018年 01月 03日 ( 1 )

  一 前々住上人、仰せられ候う。
  「仏法のうえには、毎事に付きて、
  空おそろしき事に存じ候うべく候う。
  ただ、よろずに付きて、油断あるまじきこと、
  と存じ候え」の由、折々に仰せられしと云々    
  「仏法には、明日と申す事、あるまじく候う。
  仏法の事は、いそげ、いそげ」と、仰せられたり。

  (蓮如上人御一代記聞書103条)

 試みに現代語訳。蓮如上人の言葉。「法を聞く身の上となると、自分の心のおそろしさがわかってくる。常に自分の心から目をそらさないようにすることが法を聞くことであると心得なさい」と、蓮如上人は折に触れて言われました。「明日、明日と人生にかまけているうちに一生が終わる。いま聞かずにいつ聞く」とも言われました。

 自分の心を観察することを内観といいます。心が見えると心が心を離れる。仏の眼をいただく。見る心と見られる心に分かれる。見られる心から見る心に転ずるので、見られる心から解脱する。凡心から仏心に主体が転換する体験を得させたい。そのために自分の心を見なさいと教えるのが内観の念仏です。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-01-03 06:12 | 蓮如上人御一代記聞書を読む | Comments(2)