2017年 05月 25日 ( 1 )

香樹院師の遺教に接し

(松原致遠の言葉)


  香樹院師曰く。
  きく御本願も不思議なれば、
  かかる御法きく身になりしは、なお不思議なり。
  
  (前略)たとえ「信ずる」という自証的なものはないながらも、
  香樹院師の遺教に接し、これこそ真宗の活きたおみのりであり、
  祖師の獲得、歓喜された体験内容そのままの伝統であると
  知らされたことは今生またとなき歓びであった。

  ともかくもこの私に聞法の道筋は明瞭に示された。
  その後香樹院師の法語をくり返しくり返しするあいだに、
  ぼうぼうとして大洋を望むが如き祖師の信心獲得という体験界の風光も
  おのずからこの聾せる耳に聞こえるようになった。
  香樹院師の指南がなかったならば、
  祖師のいたられた境地は全く窺い知らぬままで終わったことであろう。
  その香樹院師の尊き御指南の一がこの法語である。

  (櫛谷宗則編・松原致遠著「わが名を称えよ」柏樹社1989年刊より)

 松原致遠師の「わが名を称えよ」は現在絶版となっていますが古書としては手に入るようです。二十の半ば、内山興正老師の著書に出会い仏教を学び始めましたが、行としての禅にはついに縁づかず、十年ののち機が熟したのでしょうか、この本に出会って念仏をしようと決心しました。この本の編者である櫛谷宗則師は内山老師の直弟子です。

 さて、それから二十七年、真宗大谷派・念佛寺さんのホームページにたまたま「香樹院語録」を見つけました。思いもかけないことに今では香樹院語録を拝読する毎日です。読んでも読んでも飽きるということがありません。松原致遠師の「わが名を称えよ」で香樹院語録を知り、竹内先生から加藤智学編集の「香樹院講師語録」をいただくこともありましたが、この語録を拝読するには今が一番よかったということなのでしょう。ありがたいことです。

 南無阿弥陀仏


※2016-11-15より通算166回


by zenkyu3 | 2017-05-25 06:52 | 松原致遠師の文章 | Comments(0)