2017年 03月 07日 ( 1 )

私にかけられた心 二

 この私一人にかけられた心を知るから救われるのです。心とともにあるから誰一人私を知らなくともよいのです。救いも心も私の努力ではありません。だから信じるのです。強信でも盲信でもありません。あたかも事実のように心が心自らを知らせるのです。心はあるがままに私を照らすだけです。すべてが許されていますが、それでいて自ずと懺悔となるのです。心の中であることがすべてです。心の中ということもいりません。知ることもいりません。

 1994-6-1
by zenkyu3 | 2017-03-07 00:10 | 樹心会々員からのお便り | Comments(0)