人気ブログランキング |

雑行を棄てて本願に帰す

 しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛の酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す。元久乙の丑の歳、恩恕を蒙りて『選択』を書しき。同じき年の初夏中旬第四日に、「選択本願念仏集」の内題の字、ならびに「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」と、「釈の綽空」の字と、空(源空)の真筆をもって、これを書かしめたまいき。

(教行信証・後序 -8)

 『年表』に云わく、「1201(建仁元)年、親鸞29歳、これまで堂僧を勤めた延暦寺を出て、六角堂に参籠、聖徳太子の夢告により源空の門に入る」と。親鸞は二十九歳で法然に出会う。善知識に出会うことの意味は善知識の上に仏の生きた働きを見た。善知識を信じたのではなく仏を信じることが出来た。これが信心をいただくことで、善知識に出会うことの意味です。師と弟子との関係は未来の仏(師)と未来の仏(弟子)との憶念であるので「仏々相念」ともいいます。「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」(『歎異抄』第二章)と述べているように親鸞は法然から信心をいただいた訳ではない。法然も「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり」(『歎異抄』後序)と述べている。師と弟子は仏々相念ですから、あなたが善知識に出会わないのはあなたに信心がないからです。

 南無阿弥陀仏  

by zenkyu3 | 2019-06-06 18:01 | 教行信証御自釈のこころ | Comments(0)