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ひそかに愚案を回らして

 ひそかに愚案を回らして、ほぼ古今をかんがうるに、先師口伝の真信に異ることを歎き、後学相続の疑惑あることを思うに、幸いに有縁の知識に依らずは、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まったく自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱すことなかれ。故親鸞聖人の御物語の趣き、耳の底にとどまるところ、いささか之をしるす。ひとえに同心の行者の不審を散ぜんがためなり。

(歎異抄・前序 -76)

 さて、今回も一通り『歎異抄』を読んでみました。『歎異抄』を読むことがわたしの人生だったので、とくに今回は人生の棚卸しのような気持ちでしたが、肝心なことをまだ言い残しているような気分です。ご信心は生きて働いてくださっているので、つねに新しい気づきが出てくる。だから、お聖教は何度読んでも飽きるということがないのです。言うまでもなく、仏教は仏心を伝えてきた伝統です。目に見えない仏心は言葉で伝えるしかないけれど、どんなにお聖教を読んでも仏と心通じなくてはお聖教を本当の意味で読んだことにはならない。言葉の先にある目に見えない仏心を感得することが大切です。もし、あなたが『歎異抄』に魅力を感じる人なら、まずは「自見の覚悟」を捨て、親鸞と唯円の真意を深く窺って信境を開いていってほしい。(終わり)

 南無阿弥陀仏 
by zenkyu3 | 2019-05-23 05:04 | 歎異抄を読む | Comments(0)