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施入物の多少にしたがいて

 仏法のかたに、施入物の多少にしたがいて、大小仏になるべしということ。この条、不可説なり、不可説なり。比興のことなり。

(歎異抄・第十八章 -70)

 異義八ヶ条・その八「施入物」。聞法の道場は金儲けの場所ではない。金で売り買いできる信心とは一体どのような信心か。「すべて仏法にことをよせて世間の欲心もあるゆえに、同朋をいいおどさるるにや」と、いとも簡単にこの章は終わる。多くの説明はいらないということでしょう。さて、最後に、野田明薫の〈先師の言葉〉から。「物なくて僧が授くるまねすれば、受けとるまねを門徒するなり」。

 南無阿弥陀仏
by zenkyu3 | 2019-05-17 05:35 | 歎異抄を読む | Comments(0)