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念仏もうさずしておわるとも

 摂取不捨の願をたのみたてまつらば、いかなる不思議ありて、罪業をおかし、念仏もうさずしておわるとも、すみやかに往生をとぐべし。また、念仏のもうされんも、ただいまさとりをひらかんずる期のちかづくにしたがいても、いよいよ弥陀をたのみ、御恩を報じたてまつるにてこそそうらわめ。

(歎異抄・第十四章 -43)

 量深師云わく、「いつ死んでも成仏間違いないのは、現生に於いて既に往生している。現生に於いて既に浄土往生の生活を営んでおる者であるが故に、仏様でないけれど仏様に等しい生活を他力の不思議によって与えて下された。そういう者であるが故に、いつ命終っても大般涅槃のさとり間違いない確信確証を握っておるものである。こういうのが浄土真宗の教えの本当の精神である」(津曲淳三著「親鸞の大地―曽我量深随聞日録」97ページ) と。信を得たならいつ死んでもいいし、あと何十年生きてもいい。浄土往生の生活の中にどこまでも信が深まっていく。仏のお心がはっきりしていく。

 南無阿弥陀仏

by zenkyu3 | 2019-04-20 05:44 | 歎異抄を読む | Comments(0)