歎異抄・第十二章(2)

 一文不通にして、経釈のゆくじもしらざらんひとの、となえやすからんための名号におわしますゆえに、易行という。学問をむねとするは、聖道門なり、難行となづく。あやまって、学問して、名聞利養のおもいに住するひと、順次の往生、いかがあらんずらんという証文もそうろうぞかし。

(歎異抄・第十二章)

 『御消息』に云わく、「故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候いしことを、たしかにうけたまわり候いしうえに、ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、往生必定すべしとてえませたまいしをみまいらせ候いき。ふみざたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、往生はいかがあらんずらんと、たしかにうけたまわりき」と。(『末燈鈔』第六通より一部抜粋)

 文応元(1260)年、親鸞八十八歳、弟子の乗信に宛てた手紙で、日付のある手紙としては最後の手紙です。この手紙の中で親鸞は「ふみざたして、さかさかしきひと」に言い惑わされてはいけないと述べています。文中に「往生はいかがあらんずらん」とあることから、この手紙が唯円のいう「証文」であろうか。

 また、故法然聖人のご遺言の『一枚起請文』にはこうあります。「念仏を信ぜん人は、たとい一代の法を能く能く学すとも、一文不知の愚どんの身になして、尼入道の無ちのともがらに同して、ちしゃのふるまいをせずして、只一こうに念仏すべし」と。「知恵第一の法然房」と言われた法然聖人は誰よりも学問した人でしょうが、最後は「一文不知の愚どんの身」を示して「只一こうに念仏」して往生された。法然聖人も弟子の親鸞も信後の念仏相続により「念仏三昧」(の浄土)に入り終わって、行き着く処に行き着いていた。だから、法然聖人は「只一こうに念仏すべし」と教え、最晩年の親鸞も自らの到達した境地を「等正覚のくらい」とも「如来とひとし」とも教えた。ともに無常敗壊の身を捨てて、自利利他円満の「成仏」を遂げる姿を身をもって示してくださったのです。


 南無阿弥陀仏

*9月18日~38回

Commented by ナナシ at 2018-11-09 18:49 x
いっこうに念佛すべし。有難うございます。念佛すべしの仰せに従い、専ら教化に与ります。南無阿弥陀佛
Commented by zenkyu3 at 2018-11-09 20:01
> ナナシさん
念仏は自力だと飽きてしまう。しかし、他力だといくら念仏しても飽きることがない。努力しなくても念仏がいくらでも出てくださる。だから疑いなしというのでしょう。善及
by zenkyu3 | 2018-11-09 05:58 | 歎異抄を読む | Comments(2)