「転じる」ということ

 世間道を転じて、出世上道に入るものなり。「世間道」はすなわちこれ「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死に往来す。これを「凡夫道」と名づく。「出世間」はこの道に因って三界を出ずることを得るがゆえに、「出世間道」と名づく。

(教行信証・行巻「十住毘婆沙論」引用部分)

 「世間道を転じて、出世上道に入るものなり」とは「不退転地」という菩薩の悟りです。「出世上道に入る」とは、有相の「世間道」を一瞬離れる。有相を離れる一瞬に「無相」を見る。これを「信の一念」という。無相を見る前と後で「三界」は同じだが仏の方から見えるようになる。立ち位置が仏の方に変わるので「転じる」という。無相(仏)を見ると「智慧」が生じるので、智慧を得させようとして「十八願」がある。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-09-16 05:04 | 教行信証のこころ | Comments(0)