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念仏三昧を行ずれば

安楽集

 またかの『経』に云わく、「たとえば人ありて、翳身薬をもって処処に遊行するに、一切の余行この人を見ざるがごとし。もしよく菩提心の中に念仏三昧を行ずれば、一切の悪神・一切の諸障この人を見ず、もろもろの処処に随いてよく遮障することなきなり。何がゆえぞとならば、よくこの念仏三昧を念ずるは、すなわちこれ一切三昧の中の王なるがゆえなり」と。

(教行信証・行巻「安楽集」引用部分)

 『華厳経』からの引用です。「翳身薬」とは姿が消える薬、念仏三昧に喩える。煩悩、悪障、悪鬼、悪神は念仏の行者の姿が見えないので近寄って来ないというのです。すなわち、煩悩は相手にしないで放っておくと、自分ではなにも出来ないから、やがて消えてなくなる。煩悩は業道自然で勝手に湧いてくるだけで、因縁が尽きれば消えていくからです。「菩提心の中に念仏三昧を行ずれば」とは智慧の念仏のことです。智慧とは煩悩が見えているということで、見えていれば煩悩に影響されない。これを「念仏三昧」といいます。煩悩を畏れ嫌うのは自力であって、他力は煩悩に影響されないので、あってもなくても構わない。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-09-05 05:09 | 教行信証のこころ | Comments(0)