十方諸有の衆生は

 十方諸有の衆生は
 阿弥陀至徳の御名をきき
 真実信心いたりなば
 おおきに所聞を慶喜せん

 (讃弥陀偈讃-23)

 親鸞は「慶喜」に「シンヲエテノチニヨロコブトナリ」と左訓している。執着するから捨てられない。捨てられないから苦しむ。捨てられれば楽だが、捨てられるくらいなら執着とはいわない。執着するものは人によって違うが、自分の心を喜ばせたい、満足させたいというのでしょう。仏教では「我執」という。心を心に縛りつけていた執着の綱を切ってくださるので「真実信心いたりなば」といい、心が心から解脱して自由になるので「慶喜」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-07-17 05:39 | 三帖和讃のこころ | Comments(0)