智慧の光明はかりなし

 智慧の光明はかりなし
 有量の諸相ことごとく
 光暁かぶらぬものはなし
 真実明に帰命せよ

 (讃弥陀偈讃-2)

 『無量寿経』に云わく、「このゆえに無量寿仏を、無量光仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・焰王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。それ衆生ありて、この光に遇えば、三垢消滅し、身意柔軟にして、歓喜踊躍し善心を焉に生ず。もし三塗・勤苦の処にありてこの光明を見たてまつれば、みな休息することを得て、また苦悩なけん」と。第二首から第十三首は「十二光仏」の名をもって仏徳を讃えます。

 南無阿弥陀仏


Commented by 畑のかえる at 2018-07-02 16:29 x
『無量寿経』の十二光仏について学びたいと思っていました。
次から次へと課題が出てくる感じですが、これも如来のお導きといただきます。
毎日、ありがとうございます。
Commented by zenkyu3 at 2018-07-02 20:09
> 畑のかえるさん
光は智慧のことです。智慧とは煩悩が見える。見えるから光です。見えるというとなにかわたしが偉くて見ているようですがそうではなく、光があるから見えるのです。光の中だから見える。だから、もし煩悩が見えたら、それが光の中に生まれたことです。わたしが悟るのではなく、悟りの中に生れるのです。悟りを浄土といい、悟りの中に生じるから往生といいます。往生とは悟ることです。悟りの中になんとか導きたいというのが諸仏の願いです。善及

by zenkyu3 | 2018-06-26 06:01 | 三帖和讃のこころ | Comments(2)