五重の義の御文

  そもそも善知識の能というは、
  「一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし」と、ひとをすすむべきばかりなり。
  これによりて五重の義をたてたり。
  一には宿善、二つには善知識、三つには光明、四つには信心、五つには名号。
  この五重の義成就せずは、往生はかなうべからずとみえたり。
  されば善知識というは、阿弥陀仏に帰命せよといえるつかいなり。
  宿善開発して、善知識にあわずは往生はかなうべからざるなり。(以上、一部抜粋)

  (御文・第二帖・第十一通)

 善知識は仏が会わしてくださる。善知識は仏の御はからいでお念仏申すお方ですから仏のお心がお姿になってわたしの前におられる。仏はわたしに準備ができれば必要なものをわたしのために用意してくださる。なにからなにまで親のなすままでわたしがしたことなどなにもない。時と機がそろえばやがて仏は善知識に会わしてくださる。師の仏心とわたしの仏心が互いに照らし合って、師も役目を果たせたと喜び、弟子もお念仏申す身となって喜ぶ。みな仏のなされることです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2018-03-17 06:08 | 御文を読む | Comments(0)