帖外ブログ・其の九

一、頭を下げて教えを仰ぐ人はいない。本を読めばわかると思っている。

二、仏教は世渡りの知恵ではない。人生が上手く行こうが行くまいが関係ない。

三、思い通りの人生になったからといって、それがなんだろう。

四、生きるのが辛くて法を聞く人は生きるのが少しでも楽になると法を聞かなくなる。

五、自分で自分を責めて苦しむのを〈機なげき〉という。機の深信ではない。

六、生きているうちはみなと賑やかにやってきたが、死ぬときは一人で死んでいく。

七、どんなことにも基準を持っていて、自分の基準に合わないというだけで怒ってる。

八、穢土は苦しみを受ける場所であると諦めがつけば、死ぬ以上のことはない。

九、逆境は必ずしも悩みではない。いま起きていることが受け入れられないと悩んでいる。

十、思い通りにならないと腹が立つ。腹が立つと害意が起こる。害意に縛られ人を傷つける。

南無阿弥陀仏

平成三十年二月二十日

善及記す


Commented by 畑のかえる at 2018-02-19 13:23 x
いつもありがとうございます。
さて、先日から数えて2件、腹の立つことがありました。
その最中に、こころを離れて心を見る、なんて無理です。
離れることができていれば怒らないでしょう。
のちのち、自らを恥じたり、正当化しているこころに気がつくだけ。
はたしてこころを離れるなんてできるのだろうか、と考えるわたし。
難中の難なり。
Commented by zenkyu3 at 2018-02-19 16:52
> 畑のかえるさん
できるか出来ないか、誰も確かめないうちに終わる。違った景色を見てみましょう。善及
Commented by kk at 2018-02-20 14:02 x
仏様が人生問題を解決してしまったら、私は人生を棒にふってしまう。そんなことを思いました。
Commented by zenkyu3 at 2018-02-20 16:34
> kkさん
鋭い感覚ですね。本当は誰も仏に救われたくはないのです。自分がなくなるからです。善及
by zenkyu3 | 2018-02-20 18:09 | 帖外ブログ | Comments(4)