帖外ブログ・其の八

一、二月十五日付けの記事「大信心は仏性なり」を読んでほしい。(以下、量深師の言葉)

二、信心の智慧は、無生法認をさとるのが信心の智慧である。

三、生死は身体にある。われわれの心は無生無滅のものである。

四、心が物の奴隷になっていると、心も身体と同様に生も死もあるが、

五、心が独立して身体を支配することが出来るなら無生無滅である、それを無生法認という。

六、以上、ここで紹介した曽我量深師の言葉はとても大切なので覚えていてほしい。

七、すなわち、身体は仏性を入れる箱である。わたしは仏性であり箱ではない。

八、無生無滅の仏性を自覚することが信心である。大信心は仏性である。

九、仏性を自覚した者は仏である。仏になるは不死を得たのである。不死が宗教である。

十、生死は身体にある。身体に縛られているから身体と一緒に生死する。

南無阿弥陀仏

平成三十年二月十八日

善及記す


Commented by 畑のかえる at 2018-02-19 08:50 x
身体は仏性を入れる箱、わたしは仏性であり箱ではない・・・銘記します。

朝、正坐をしています。
見えるもの、聞こえるものなど外のことばかりに意識が向かいます。
外に向かわなくなったら、自分の物思いが始まります。
線香が終わる時に煙が大きくなるので、それを見て終わって喜ぶわたしの数分間です。
自分本体に会う目的ではまったくありません。
自分が自分と思っていた自分の心が、単に外界に反応するだけ、また、妄念がどんどん浮かぶだけ。
それでいい、自分の心と戯れる、こころのストレッチです。
なむあみだぶつ。
Commented by zenkyu3 at 2018-02-19 09:37
> 畑のかえるさん
ここで紹介した曽我量深師の言葉は〈最後の言葉〉だと思います。みなが心だと思っている心は身体でしかない。身体はただの箱。必ず死滅する。不生不滅の仏性を知らないから死を恐れる。仏性は生まれたということがないから死ぬということがない。仏性こそが本当のわたし。本当のわたしを自覚すれば不死を得る。身体を捨てて仏になる。仏性すなわち如来なり。善及
by zenkyu3 | 2018-02-18 20:39 | 帖外ブログ | Comments(2)