依釈段・結勧(1)

 (原文)
 弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪
 (読み方)
 弘経の大士・宗師等、無辺の極濁悪を拯済したまう。
 (正信偈-59)

 『浄土和讃』に云わく、「信心よろこぶそのひとを/如来とひとしとときたまう/大信心は仏性なり/仏性すなわち如来なり」と。竹内先生に最初に教えていただいたのが「仏とは智慧と慈悲の働きである」です。二十九年間、地下水流のようにずっと流れていた先生の言葉が最近になって意識の表面にわき上がってきました。思い出したのには理由があるのでしょう。今回のシリーズでは「智慧と慈悲の働き」「信心仏性」について書いてみたかった。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2018-06-22 05:41 | 正信偈の教え | Comments(0)

正信念仏偈(原文)

正信念仏偈(原文)

①総讃

帰命無量寿如来 南無不可思議光

②依経段

(弥陀章)
1法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
2覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
3建立無上殊勝願 超発希有大弘誓
4五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方
5普放無量無辺光 無碍無対光炎王
6清浄歓喜智慧光 不断難思無称光
7超日月光照塵刹 一切群生蒙光照
8本願名号正定業 至心信楽願為因
9成等覚証大涅槃 必至滅度願成就

(釈迦章)
1如来所以興出世 唯説弥陀本願海
2五濁悪時群生海 応信如来如実言
3能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃
4凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味
5摂取心光常照護 已能雖破無明闇
6貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天
7譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇
8獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
9一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願
10仏言広大勝解者 是人名分陀利華

(結誡)
1弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生
2信楽受持甚以難 難中之難無過斯

③依釈段

(総讃)
1印度西天之論家 中夏日域之高僧
2顕大聖興世正意 明如来本誓応機

(龍樹章)
1釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺
2龍樹大士出於世 悉能摧破有無見
3宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽
4顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽
5憶念弥陀仏本願 自然即時入必定
6唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩

(天親章)
1天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
2依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
3広由本願力回向 為度群生彰一心
4帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
5得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
6遊煩悩林現神通 入生死園示応化

(曇鸞章)
1本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼
2三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦
3天親菩薩論註解 報土因果顕誓願
4往還回向由他力 正定之因唯信心
5惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃
6必至無量光明土 諸有衆生皆普化

(道綽章)
1道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
2万善自力貶勤修 円満徳号勧専称
3三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引
4一生造悪値弘誓 至安養界証妙果

(善導章)
1善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪
2光明名号顕因縁 開入本願大智海
3行者正受金剛心 慶喜一念相応後
4与韋提等獲三忍 即証法性之常楽

(源信章)
1源信広開一代教 偏帰安養勧一切
2専雑執心判浅深 報化二土正弁立
3極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中
4煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

(源空章)
1本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人
2真宗教証興片州 選択本願弘悪世
3還来生死輪転家 決以疑情為所止
4速入寂静無為楽 必以信心為能入

(結勧)
1弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪
2道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説

六十行已畢 一百二十句

(教行信証・行巻)



# by zenkyu3 | 2018-06-22 05:37 | 仏からの道・資料集 | Comments(2)

依釈段・源空章(4)

 (原文)
 速入寂静無為楽 必以信心為能入
 (読み方)
 速やかに寂静無為の楽に入ることは、必ず信心をもって能入とす、といえり。
 (正信偈-58)

 『高僧和讃』に云わく、「曠劫多生のあいだにも/出離の強縁しらざりき/本師源空いまさずは/このたびむなしくすぎなまし」と。親鸞にとり法然は阿弥陀仏の化身、還相の菩薩として目の前に現れた。弟子にとり師匠は生きた仏であり、師匠の仏心と弟子の仏心が照らし合って、仏仏相念の関係が成り立つ。それゆえ、仏道において善知識との出会いは決定的です。師匠の信心も弟子の信心も如来回向ですが、人生において師を持つ喜びにまさるものはない。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2018-06-21 06:05 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・源空章(3)

 (原文)
 還来生死輪転家 決以疑情為所止
 (読み方)
 生死輪転の家に還来ることは、決するに疑情をもって所止とす。
 (正信偈-57)

 『選択集』に云わく、「まさに知るべし、生死の家には疑をもつて所止となし、涅槃の城には信をもつて能入となす」と。自力は自分を証明したいから努力する。努力は理想を持つ。理想はただの観念で、観念に照らせばどんな事実だって不完全だからゴールがない。しかし、よく考えれば、いま、このままの事実は完璧に成就されている。だから、なに一つ不足のない事実を受け入れることが「信」であり、受け入れてなにも問題がないから「涅槃」という。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2018-06-20 06:08 | 正信偈の教え | Comments(0)

依釈段・源空章(2)

 (原文)
 真宗教証興片州 選択本願弘悪世
 (読み方)
 真宗の教証、片州に興す。選択本願、悪世に弘む。
 (正信偈-56)

 『観経疏』に云わく、「一心に弥陀の名号を専念して、行住坐臥に、時節の久近を問はず、念々に捨てざる者は、是を正定の業と名づく、彼の仏願に順ずるが故に」と。法然は四十三歳の時、この一文に出会って回心したと言われています。「彼の仏願」とは十八願です。「わたし」が称える自力の念仏から「仏」が称える他力の念仏へと念仏の主体が転ぜられる。主体が「わたし」から「仏」へと転ぜられる働きこそが阿弥陀仏の「選択本願」です。

 南無阿弥陀仏


# by zenkyu3 | 2018-06-19 06:06 | 正信偈の教え | Comments(6)