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  一 仰せに、「ときどき懈怠することあるとも、
  往生すまじきか、とうたがいなげくことあるものあるべし。
  しかれども、はや、弥陀如来をひとたびたのみまいらせて、
  往生決定ののちなれば、懈怠おおうなることのあさましや。
  かかる、懈怠おおうなるものなれども、御たすけは治定なり。
  ありがたや、ありがたやと、よろこぶこころを、
  他力大行の催促なりともうす」と、おおせられそうろうなり。

  (蓮如上人御一代記聞書17条)

 「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろう」(歎異抄・第9章)とは、唯円が親鸞に告げた信の上の不審であったが、「親鸞もこの不審ありつるに」と、自分もかつて同じことがあったと、親鸞は弟子の唯円に率直に応じている。蓮如の「かかる、懈怠おおうなるものなれども、御たすけは治定なり」とは、親鸞の、「いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ」と、写したように同じ心である。

 信の上の「不審」であり、不信の「疑惑」ではない。一度は喜ばせていただいたが、数年もすれば喜びの感触も忘れがちになり、やがて、信の一念のことも、わかるようなわからないような状態になる。信心が本当に「自然法爾」になるために必ず通らなくてはならない道である。信を得たからこそ味わう信仰の危機である。「信を得たのは自分である」という傲慢ゆえに信がわからなくなるが「如来よりたまわりたる信心」であったと思い出せば、今に働いている智慧の働きがまた働きだす。「ありがたや、ありがたやと、よろこぶこころを、他力大行の催促なりともうす」とは、そういうことである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-30 06:28 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

時節到来と云うこと

  一 「時節到来と云うこと。
  用心をもし、そのうえに事の出で来候うを、時節到来とは云うべし。
  無用心にて事の出で来候うを、時節到来とはいわぬ事なり。
  聴聞を心がけてのうえの、宿善・無宿善とも云う事なり。
  ただ、信心は、きくにきわまることなる」由、仰せの由に候う。

  (蓮如上人御一代記聞書106条)

 聴聞の目的は信心を取ることしかない。世間には芸事にすら命を懸ける人たちがいる。われらは聴聞するためだけに生きていることを忘れてはなるまい。求めずに得たなどということはない。信心を取るとは仏のお心を聞く。親の心、子知らず。親の心がわかれば子は子であって、もう子ではない。親の心とはすべてを入れる「無我」(大悲)であるから、聴聞とは「無我」(空)を経験することに尽きる。自我を捨てた信の一念、喜びが心を満たす。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-29 12:38 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

思案の頂上と申すべきは

  一 思案の頂上と申すべきは、
  弥陀如来の五劫思惟の本願にすぎたることは、なし。
  此の御思案の道理に同心せば、仏になるべし。
  同心申すとて、別になし。機法一体の道理なりと云々

  (蓮如上人御一代記聞書244条)

 妄念妄想の滅するところを「涅槃」という。妄念妄想に良いも悪いもない、ともに滅する。過熱した頭が冷やされて妄念妄想が雲の如く消えてなくなる。「弥陀如来」とは思案の滅する涅槃から降りてきた涅槃の一段下だから「思案の頂上」である。よって「機」とは思案、「法」とは思案の滅する涅槃、これが二つでありながら一つである心の状態を「信心」という。「機」にも「法」にもなるから、いつでも仏に成る。いつでも仏に成るから「此の御思案の道理に同心せば、仏になるべし」という。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-27 06:41 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

冥加に叶うと云うは

  一 前々住上人、御病中に、
  兼誉・兼縁、御前に伺候して、ある時、尋ね申され候う。
  「冥加と云う事は、何としたることにて候う」と申せば、仰せられ候う。
  「冥加に叶うと云うは、弥陀をたのむ事なる」よし、仰せられ候うと云々

  (蓮如上人御一代記聞書206条)

 「事実」と事実の「解釈」は違う。当たり前のことだが、みな忘れている。身は事実を生きている。心は解釈した事実を生きている。解釈はどんな解釈であれ自由であるが、大切なことは、解釈は「自我の見解」であって事実そのものではないということだ。だから、解釈できない事実が起きると世界がひっくり返ったように「不条理だ!」と叫ぶ。

 「自我の見解」(我見)に執着して事実を受け入れることを拒否して苦しむのである。自業自得である。「弥陀」とは「涅槃」である。涅槃とは自我の見解が消えることである。だから、「弥陀をたのむ」と自我の見解が消えてなくなるのである。苦しい時は「弥陀をたのむ」のである。「自我の見解」から救われるので「冥加に叶うと云う」のである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-26 06:37 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

物にあくことはあれども

  一 物にあくことはあれども、仏に成ることと、
  弥陀の御恩を、喜びあきたる事は、なし。
  焼くとも失せもせぬ重宝は、南無阿弥陀仏なり。
  しかれば、弥陀の広大の御慈悲、殊勝なり。
  信ある人をみるさえ、とうとし。
  能く能くの御慈悲なりと云々

  (蓮如上人御一代記聞書233条)

 最初は文学であり、ついで哲学、漢学で、最後は仏教であった。仏教の入口は曹洞禅の内山興正老師の著書で、やがて『歎異抄』を読むようになった。禅の厳しさより念仏の優しさがよかった。ついに、竹内先生に出会い、以来、聴聞しても、これでいいと思ったことはない。竹内先生も常に言われていたことだけれど、とくに求めることがなくても「次から次と新しいテーマが与えられてくる」からです。

 人に誇るようなこともなく、また、誇る気持ちもないが、引き寄せられるように聴聞が絶えることなく続いてきたことは、まことに仏のお育てとはこのようなことなのでしょう。加えて、この頃は、竹内先生にお会いできたことが何より尊いことに思われます。法を聞かせ、人に会わせ、命の終わりを静かに待つことができるようにしていただきました。恵まれた人生だったと喜んでいます。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-25 06:43 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

  一 人は、そらごと申さじと、嗜むを、随分とこそ思え、
  心に偽りあらじと、嗜む人は、さのみ多くはなき者なり。
  また、よき事はならぬまでも、世間・仏法、ともに心にかけ、
  嗜みたき事なりと云々

  (蓮如上人御一代記聞書250条)

 世間の人は心に嘘があっても嘘をつかなければいいと思っている。道徳である。親鸞は言われた。「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ。内に虚仮を懐きて、貪瞋邪偽奸詐百端にして悪性侵めがたし、事蛇蝎に同じ」(愚禿鈔)と。嘘と諂いで渡る世間である。親鸞は外の嘘は許した。しかし、わが内なる嘘が許せない。仏が見ておられるからである。信仰である。


 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-24 06:33 | 特集「蓮如上人御一代記聞書」 | Comments(0)

(野田明薫の文章)


  それにつき、その後もつくづくと思いめぐらさるることにて候えども、
  自分らは正しく仏のご念力に只今も曳かれおる最中にて、
  彼れと言い是れと申して、一々、大慈・大悲のご方便にあらざるはなきことに御座候。

  測り知られぬお知慧と、底も限りもなきお慈悲とをもって、
  無始久遠の昔よりこのかた、ようもようも、お目永にご覧じづめにして下された、
  〈明薫かわいや〉のご一念に、毛筋ほどの面変わりがないとは、どうしたことでござるやら。
  余りとしたことにて、言うも涙、書くも涙に候。

  かかること申すまじきにて候いしかども、つい筆走りして失礼致し候。


  大正十三年十二月二十四日付け私信


 文中の「それにつき」とは、おそらく自らの信体験のことなのでしょう。誰宛に書かれた手紙かはわかりませんが、明薫師、四十五歳頃の手紙です。信体験の喜びが抑えがたい様子が「かかること申すまじきにて候いしかども」という表現に出ています。「踊躍歓喜」と言いますが「やった、やった。終わった、終わった」と、子供のように世間に触れて回りたいような心持ちがするものです。

 「ようもようも、お目永にご覧じづめにして下された、明薫かわいやのご一念に、毛筋ほどの面変わりがないとは、どうしたことでござるやら」とは、親鸞の、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」(歎異抄・後序)のお心とまったく同じです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-23 06:02 | 野田明薫の文章 | Comments(0)

一青年の死(4)

(野田明薫の文章)

  ただし、人を頼りにするな。親・兄弟にも別れてゆく旅なり。
  両親を頼るな。骨肉を頼るな。前後左右さらに人影を認めざる、
  無人の広野を、御身一人にて発足する独り旅なり。
  ただ念仏して、独立・独歩で往け。分かりしか、分かりしか」と諭したりしに、
  かの青年、頭を垂れたるまま、一句も吐かず、
  黙々として聞く間にも、眼に一滴をも宿さざりしが、
  鼻よりしきりに涙流れおり、最後にわずかにうなずくのみ。

  その後は、病体の中より、一万を底(最低限)として日課とし、
  近づく往生を期しおる状態は、目も当てられず、
  胸も張り裂くるばかりの有様に候えば、
  この勢いに引き立てられ、引きたてられ、お念仏申しおるにて候なり。

  (大正十五年丙寅一月六日書之)

  (全4回・その4)

 明薫師の「一青年の死」は竹内先生にとり特別な文章だったと思います。内容が深刻な上に、真宗僧が我が子の死にどう向き合ったかの記録でもあるからです。明薫師は精神の苛烈な人だったと見え、一片の嘘もない。竹内先生もまた内に熱い求道心を抱いていた方でしたから、嘘が嫌いだった。そういう面から嘘のない親鸞聖人と明薫師に心が通じるのだと思われます。

 竹内先生は「仏はまとめて救うのではない。一人ずつ救う」と言われた。自分の心に向き合うには静けさが必要だが、音のない精神空間に独居するのは恐怖に近い。そのような覚悟を父は子に求めている。「ただ念仏して、独立・独歩で往け。分かりしか、分かりしか」。信心を求める心を起こすことがどれほど難しいことか。「一青年の死」は亡くなったご子息の思い出に書かれたのではない。聴聞怠るわれらのためである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-22 10:56 | 野田明薫の文章 | Comments(0)

一青年の死(3)

(野田明薫の文章)

  さて、その浄土へはどうして参るぞと言えば、口に称うるだけなり。
  『わが名称うるものを迎え取ろう』のご本願なれば、
  その口に念仏申す一つにて、往生はお許しなり。
  構えて、今日より念仏を申して、誤またず往生し給うべし。
  御身は前途は暗黒じゃと言わるるも、その暗黒が、
  自我の見解を全く奪われたる、無我・無私の光にして、光明世界なり。

  (全4回・その3)

 さらに父の子への教化が続く。死は生を通さない。思議が不可能である。われらは「自我の見解」に執着するゆえ、「自我の見解を全く奪われたる」不可思議を「闇黒」と恐れるが、それはまったく反対で、「自我の見解」こそが実は闇で、「自我の見解を全く奪われたる」ところこそが「無我・無私の光にして、光明世界」であったのである。闇を光と思い、光を闇と思うは「自我の見解」への執着、この一点である。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-22 06:50 | 野田明薫の文章 | Comments(0)

一青年の死(2)

(野田明薫の文章)

  始めなきの始めより迷いに迷うた迷界(三界)を
  今日限り離脱するの方法は、浄土に生まれ往くにしかず。
  かの浄土は不退国なれば、一たび往生したらん以上、
  再び穢土(娑婆)へ生を受けて来ることなし。
  これ、永劫に生死の苦を離れんと欲せば、
  弥陀の浄土に生まるるにしかずと言う所以なり。

  今や、期せずして、もはやこの世に望みなき身となりしことを、
  もつけの幸いとして、衆苦充満の娑婆界をこの際出離して、
  真実の親様の待てるかの浄土へ生まれ往かんとの大志を起こすべきなり。
  明薫(私)も参るべし。
  御身も、一足先に参りおりて、愚身を待ちくれよ。

  (全4回・その2)

 引き続き、死を前にしたわが子への明薫師の言葉である。「今や、期せずして、もはやこの世に望みなき身となりしことを、もつけの幸いとして」とは痛切である。いまや死ぬばかりのわが子への、明薫師の溢れるばかりの慈悲である。明薫師には嘘がない。勤行の後で、竹内先生が何度も何度も「一青年」を拝誦されるのも、明薫師のお心を思えという、一向に聴聞に身が入らぬわれらへの厳しい叱責であった。

 「真に訴うるところなきの訴えを抱き、何物を以ってするもその心を慰むる能わざるの境遇に立てり」。ここまでこなければ本当の聴聞にはならない。聞くから聞こえる。「一青年」の置かれた境遇がすでに「全く絶望・闇黒」である。それゆえに「もつけの幸い」である。「全く絶望・闇黒」こそ明薫師も通った大疑団である。「明薫(私)も参るべし。御身も、一足先に参りおりて、愚身を待ちくれよ」。これをなんと聞く。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-11-21 21:38 | 野田明薫の文章 | Comments(0)