カテゴリ:松原致遠の文章( 8 )

香樹院師の遺教に接し

  香樹院師曰く。
  きく御本願も不思議なれば、
  かかる御法きく身になりしは、なお不思議なり。
  
  (前略)たとえ「信ずる」という自証的なものはないながらも、
  香樹院師の遺教に接し、これこそ真宗の活きたおみのりであり、
  祖師の獲得、歓喜された体験内容そのままの伝統であると
  知らされたことは今生またとなき歓びであった。

  ともかくもこの私に聞法の道筋は明瞭に示された。
  その後香樹院師の法語をくり返しくり返しするあいだに、
  ぼうぼうとして大洋を望むが如き祖師の信心獲得という体験界の風光も
  おのずからこの聾せる耳に聞こえるようになった。
  香樹院師の指南がなかったならば、
  祖師のいたられた境地は全く窺い知らぬままで終わったことであろう。
  その香樹院師の尊き御指南の一がこの法語である。

  (櫛谷宗則編・松原致遠著「わが名を称えよ」柏樹社1989年刊より)

 松原致遠師の「わが名を称えよ」は現在絶版となっていますが古書としては手に入るようです。二十の半ば、内山興正老師の著書に出会い仏教を学び始めましたが、行としての禅にはついに縁づかず、十年ののち機が熟したのでしょうか、この本に出会って念仏をしようと決心しました。この本の編者である櫛谷宗則師は内山老師の直弟子です。

 さて、それから二十七年、真宗大谷派・念佛寺さんのホームページにたまたま「香樹院語録」を見つけました。思いもかけないことに今では香樹院語録を拝読する毎日です。読んでも読んでも飽きるということがありません。松原致遠師の「わが名を称えよ」で香樹院語録を知り、竹内先生から加藤智学編集の「香樹院講師語録」をいただくこともありましたが、この語録を拝読するには今が一番よかったということなのでしょう。ありがたいことです。

 南無阿弥陀仏


※2016-11-15より通算166回


by zenkyu3 | 2017-05-25 06:52 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

智慧の念仏

  人は個人ではない。われを挙げて宿業の集積であり、内には一切衆生が蠢く。
  業は限りなく対立を生み出して内に無限の生死海を創造し、
  対立は常に自己をぐるりから孤立せしめて瞋恚の業火の止むを知らない。
  祖師はこれを難度海と歎き、無明の闇と悲しまれた。
  五濁の闇の自覚なき自覚が自己超越の願いとなり、聞法し求道するのである。


  しかるに念仏の功徳は自然に念仏するものの内観を深めしめる。
  念仏の智慧によって、自然にみずからの救われぬすがたを見せていただくのである。
  念仏しつつ自然に見出されるわれのすがたの、
  永遠に救われざるを信知せしめられる端的こそ、
  永永劫の迷いの業の流れの上に、
  生死を超えるという大転換の行われる不自覚の一念刹那である。


  われの救われざるを信知する、この信知は、もはやわれの力ではない。
  それはわれらの内に入りて純粋主体となり、無明の闇を照破する無碍光である。
  またそのひかりは内観の智慧の象徴である。


  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)


 内観とは深く広い無意識の心の深層に降りていくことです。なにが見えるかというと、ふだんは意識したことのない自分の心が見える。わたしたちはふだん意識のつくる世界に住んでいて、それが自分の世界、自分という人間の全部だと思い込んでいるが、内観が深まっていくと見たことのない自分を見る。わたしたちは見たくないものを見ないことができ、それを無意識に行っているから、自分にとって都合の悪い、自分の心の浅ましさ、醜さ、卑怯、未練、本心を心の底に隠している。内観するとそれが少しづつ見えてくる。見えてくるが、それもほんの一部でしかない。本当に見えてきたらもう善人ではいられない。


 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-14 19:42 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

還相の菩薩

  阿弥陀如来化してこそ
  本師源空としめしけれ
  化縁すでにつきぬれば
  浄土にかえりたまいにき

  (高僧和讃)

  親鸞は弟子一人ももたずそうろう。
  そのゆえは、わがはからいにて、
  ひとに念仏をもうさせそうらわばこそ、
  弟子にてもそうらわめ。
  ひとえに弥陀の御もよおしにあずかって
  念仏もうしそうろうひとを、
  わが弟子ともうすこと、
  きわめたる荒涼のことなり。

  (歎異抄・第5章)

  「親鸞は弟子一人ももたず 」という告白の表現は、
  如何ようにも味わうことができる。
  それが宗教の世界においては、
  指導するという態度のあるべからざることを暗示するもののようである。  
  自分というものがあればこそ
  師とかお弟子とかいう人間的対立も出て来るのであるが、
  その自己が名号称念によって、
  智慧の念仏によって照らし出されたとき、
  その如実のすがたが客観されたとき、
  このおのれというものを挙げて宿業の集積にすぎずという自覚が生まれる。
  そこには「さればそくばくの業をもちける身」があるばかりではないか。
  兎の毛、羊の毛のさきにいる塵ばかりも
  宿業にあらずということなき身があるばかりではないか。
  そういうものに弟子などというものがあるべきいわれはない。
  親鸞聖人は法然上人を師として仰がれた。
  しかしそれは法然という人を仰がれたのではなく、
  法然房をして本師源空たらしめ、
  よき人たらしむめている不可思議の誓願を仰がれたのではないか。
  「阿弥陀如来化して、本師源空としめしけれ」である。

  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)

 わが内に「宿業の集積」を見ることを智慧という。自分の目で見るのではないから「照らされて」という。宿業の全体が「客観」されるのは仏の眼で見るからです。それゆえ「如来廻向」という。善知識を善知識たらしめているのは如来廻向の仏智だから、智慧がなければ善知識には遇わない。会っていても遇わない。善知識に遇える人もまた信心の人、すなわち諸仏です。これを仏々相念といいます。師弟であっても諸仏が諸仏に出遇ったのであるから、信心の人は互いを諸仏と敬う。師は「わが弟子」とは思わないが、弟子は「還相の菩薩」と崇める。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-10 06:58 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

業ありて人なし

  弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
  ひとえに親鸞一人がためなりけり。
  されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、
  たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ。

  (歎異抄・後序)

  よきこころのおこるも、宿善のもよおすゆえなり。
  悪事(あしきこと)のおもわれせらるるも、悪業のはからうゆえなり。
  故聖人のおおせには、「兎毛羊毛のさきにいるちりばかりもつくるつみの、
  宿業にあらずということなしとしるべし」とそうらいき。

  (歎異抄・第13章)

  常一主宰の我があるわけではなく、
  身口意の三業のその当体が我全体である。
  泣き、笑い、語る行動そのものの外に我はない。
  我という個体があるわけではなく、
  有為転変の行があるばかりである。
  身口意の三業が我であるとして、
  その三業の所行を、もし更に深く内観するとすれば、
  我をあげてそくばくの業があるばかりである。
  その三業を生みだす宿業があるばかりである。

  「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
  ひとえに親鸞一人がためなりけり」と仰せられた。  
  この親鸞とは、そくばくの業である。
  親鸞という以上、我ではない。
  我によって眺められたものである。
  自らを業道流転の迷いの果ての実業の凡夫と感じたる、
  そのなまなましき実感の表現である。
  この最愚低下の者こそ、
  弥陀をして五劫に思惟せしめたものという、
  悲痛なる感動のあらわれである。
  この業が自らの手を以てしては、
  如何ともすべからざるものであるという痛感である。

  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)

 休みを利用してしばらくぶりに読んでいる。当時は「回向」も「宿業」も、もちろん「智慧」ということもわからなかった。なにがわかっていたかというとなにもわかっていなかった。それでも文章に力があって、伝えたいことがあると強く迫ってくる。もちろん致遠師には伝えることがある。もう、当時のようには読めないが、この本の強い感化力によって、わたしは念仏しようと思い立ったのです。法座を訪ね歩き、善知識を探して、竹内先生にお会いできたのは幸甚だった。

 さて、この書が伝えているのは「見える」ということ、この一点だろうと思う。見えることを「智慧」というが、見えるようにしてくれたのは仏です。救う心は救われない心と離れていないのであるから、救われない心が見えたら、それが救う心を知ったということです。煩悩は煩悩を知らない。知らないから迷っていられるということがある。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-05 21:14 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

自力のこころをすつ

  自力のこころをすつというは、
  ようよう、さまざまの、大小聖人、善悪凡夫の、
  みずからがみ(身)をよしとおもうこころをすて、
  みをたのまず、あしきこころをかえりみず、
  ひとすじに、具縛の凡愚、屠沽(とこ)の下類、
  無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、
  煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり。

  (唯信鈔文意)

  およそ、「自力のこころをすつ」以外に宗教といわれるものも、
  また真実の生活もあるものではない。
  自力をすてるのが生の意義の完了であり、
  最高価値の獲得であり、人間究竟理想の全現である。
  これ以外に人間受生の本懐というものがあるべきいわれはない。

  この自力とは無始流転の業因たる自我意識である。
  これをくだく力は自我性そのものなる人間の中からは生まれないのである。
  それは涅槃の真因たる真実信心が衆生に入りこみ、
  おのずからあらわれる内面の事実である。
  この真実信心が金剛堅固なるゆえに、
  無始以来の初ごとに、自力がくだけるのである。

  これを具体的に言えば、
  無碍光如来のみ名を称えるとき、
  無限の慈悲を本体とする無碍光の前に、
  それを大悲したもう根源的なる迷いの苦因、
  自我中心の態度がくだけるのである。
  これを“はからいなし”というのである。
 
  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)


 生き甲斐とは「わたし」を証明する手段なのでしょう。最初は手段だが気がつかないうちに目的になってしまう。金が生き甲斐と決めてしまったら鳥を追う猟師は山を見ない。金のための人生になる。金が自我となって金が自我を支える。仕事であれ家族であれ才能であれ、執着する対象がなんであれ同じことだ。「わが名を称えよ」に出会ったのはわたしが仕事で挫折した時だった。仕事が自我だったから、自我が崩壊の寸前にいた。法を聞くにはちょうどいいタイミングだ。

 これで仕事が上手く行っていたらわたしは人生を間違えていた。自我とは意識であり実体ではない。自我を支えるものがなくなれば自我はすぐ崩壊する。人生苦とは自我の危機である。よって、法を聞く縁となるが、人生を支え、自我を守るために法を聞いても意味がない。なぜなら、「自力をすてるのが生の意義の完了であり、最高価値の獲得であり、人間究竟理想の全現である」からである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-04 14:35 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

e0361146_23053215.jpg  金剛堅固の信心の
  さだまるときをまちえてぞ
  弥陀の心光摂護して
  ながく生死をへだてける

  (高僧和讃)

  「摂取心光常照護」というは、
  信心をえたる人をば無碍光仏の心光、
  つねにてらしまもりたまうゆえに、
  無明のやみはれ、生死のながきよ、
  すでにあかつきになりぬとしるべしとなり。

  (尊号真像銘文)

  摂取心光常照護という体験が宗教というものの一切である。
  これだけが真実であって、その他はみなこれへいたらしめる善巧方便である。
  念仏は真実である、方便ではあるまいというであろう。
  しかし念仏のみぞまことにおわしますと帰命のこころのおきたとき、
  この摂取の心光に遇っているのである。
  念仏をすすめたもうのは、念仏相続するとき、
  おのずからして摂取光中なる自分が見えて来るからである。

  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)


 「摂護」の左訓には「摂め護る。無碍光如来の御心に摂め護りたまうなり」とあります。光とは智慧のことで、智慧の光に照らされて自分の心が見える。われらは自分が誰かがわからずに迷っている。だから、仏はわれらに智慧を回向して宿業の身であると教えてくださる。内なる宿業が見えるのが智慧である。見えることが救いである。救われぬ身と知ってわれらは救われるのだから。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-03 07:51 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

自己本位の心

  「よく汝が心を護れ、心をして放逸ならしむなかれ。」と
  釈尊が仰せられるのは、
  よく心の親の慈悲心を示されたものである。
  心の親の見そなわす前に、
  自らを慎ましく省みることなくして生きるということは、
  灯りなくして暗夜をゆくが如しと仏も説かれている。

  この心の親の、大きな心の中にある自らを見出したとき、
  必ず懺悔のこころが生まれる。
  何故に懺悔のこころが生まれるかというと、
  人間はすべて自己本位の心をもって居る。
  むしろ自己本位のこころそのものが人間であるから、
  それは自分の顔の如く、自分の目には見えない。
  自分の目に見えないほどに、それは根強いものである。

  この自己本位の心が迷いの根本であり、
  一切の罪業、罪悪、煩い、悩みの生まれて来る大根であり、
  それは宇宙の真理、真実の法に背くものである。
  もしこの心をもって終始すれば、それは自己を滅ぼす道であり、
  その生涯をして全然意味なからしめるものである。
  それは宇宙の真理に背くものであるから、
  真実に生きることを許されぬものなのです。

  (櫛谷宗則編松原致遠著「わが名を称えよ」柏樹社1989年刊)


 松原致遠師の「わが名を称えよ」は現在絶版となっていますが古書としては手に入るようです。二十の半ば、内山興正老師の著書に出会い仏教を学び始めましたが、行としての禅にはついに縁づかず、十年ののち機が熟したのでしょうか、この本に出会って念仏をしようと決心しました。この本に出会って半年後、竹内維茂先生をお訪ねしました。

 この本の編者である櫛谷宗則師は内山老師の直弟子です。念仏に導いてくださった致遠師の文章をもう一度読み直してみようと思います。致遠師、宗則師の法恩に報いたいと思うからです。さて、自分の心が見えることを「智慧」といいます。この智慧を獲て本当の仏道が始まります。智慧によって自分の心を語れば、それは自ずと「懺悔」となり、仏を語れば「讃嘆」となるのです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-02 14:46 | 松原致遠の文章 | Comments(0)

わが名を称えよ

  そして、念仏申せば自分が見える、
  自分が見えるということは自分の煩悩が見えるということが、
  おぼろに感じられて目の前に一本の細い道が開けてきました。
  それが先生のおっしゃっていた智慧の念仏、内観の念仏でありました。
  内観とは自分の煩悩が照らされることです。
  自分の煩悩が照らされて、その煩悩を阿弥陀様にお任せして、
  流れるままにひっつかず手放しているのが往生浄土の道である
  というようにお説き下されたのは、致遠先生しか私は知りません。
  念仏申せば内観深まり、内観深まればいよいよ念仏される、
  申しながら深まりながら申しながらという、
  そこが、ただ一つの眼目に違いありません。
  そしてそれが私を生かし、
  今日を新たに歩ませて下されるもとの力になっているのであります。

  (榎本栄一)

 榎本栄一氏は世に知られた仏教詩人ですが、上記の文章は松原致遠師の著書『わが名を称えよ』(柏樹社・1989年刊)の序文として書かれたものです。短い文章ですが、わたしが伝えたいと思っている念仏のことが「内観の念仏」として要領よく簡潔に述べられています。誇張ではなく、これで「わたしの言いたいことは全部」と言ってもいいくらいです。

 当時、仕事に失敗してなにもすることがなかったわたしは、この本を三か月間、朝から晩まで毎日読んで念仏をする決心をしました。三か月後には竹内先生を訪れ、さらに三か月後には信体験を獲たことを考えると、わたしを念仏に導いてくれた本当に本当に大切な本です。それほど大切な本ですが、残念ながら今は廃刊になっています。

 南無阿弥陀仏

 NHK教育テレビ「こころの時代」
 信心の風光をうたう(詩人榎本栄一)



by zenkyu3 | 2017-01-01 01:03 | 松原致遠の文章 | Comments(4)