カテゴリ:清沢満之の文章( 2 )

清沢満之「わが信念」

  私の信念のなかには、いっさいのことについて
  私の自力が無効であると信じるという点がある。
  自力無効を信じるためには、私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして、
  頭のあげようがないまでになることが必要である。
  これははなはだ骨の折れる仕事であった。
  この極限に達するまえにも、しばしば、
  宗教的信念とはこんなものだといった決着をつけることができたのだが、
  それが後から後からうち壊されてしまったことが幾度もあった。
  論理や研究で宗教を建立しようとおもっている間は、この難点を免れない。
  何が善で何が悪なのか、何が真理で何が非真理なのか、
  何が幸福で何が不幸なのか、ひとつもわかるものではない。
  自分には何もわからないとなったところで、いっさいのことをあげて、
  ことごとくこれを如来に信じ頼ることになったのが、私の信心の大要点である。

  (今村仁司訳『清沢満之語録』より)


 わたしたちは「わたしは誰か」がわかりたい。「わたしらしく」などといって「わたし」を証明するために生きているといってもいい。生まれて死ぬだけなら「わたし」が生きたことにはならないからだ。肉体は「わたし」ではない。では、意識は「わたし」だろうか。もし、思いを起こすのが「わたし」なら、思いを起こすのも止めるのも自由にできなくてはならないが、実際には思いは自由にならない。このことから、思ったり考えたりしているのは「わたし」ではないとわかる。すなわち、思いはあるが思いを起こす「わたし」がない。

 さて、明治の真宗僧・清沢満之である。満之は自ら実験して「思いがわたしである」ことを証明しようとしたのでしょう。しかし、結果は「自分には何もわからない」というところへ追い込まれてしまった。その挙句、「わたしがある」ことを証明しようとして「わたしがない」ことを証明してしまった。「私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして」「極限に達する」とき「如来に信じ頼ることになった」と、自らの信心獲得の体験をありのままに語っている。

 「自分には何もわからない」となる「私の知慧や思案」の「極限に達する」瞬間に「如来に信じ頼る」信心へとひっくり返る。これが宗教体験の事実です。端的に言えば、仏法は「わたし」がないと知ることを「救い」と教えている。ない「わたし」に縛られて苦悩の人生を生きてきたからである。誰もが求めていた「わたし」がなければ、人生に求めるものはない。求めるものがなければ、そのまま安息するのである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-02-23 07:31 | 清沢満之の文章 | Comments(0)

e0361146_18441621.jpg  自己とは、ほかでもない、絶対無限の妙用に乗託して、
  任運に法爾に、この現在の境遇に落在することである。
  ひたすら絶対無限に乗託するのだ。
  まさにそのゆえに死生のこともなんら憂うるにたりない。
  死生ですら憂うるにたりないのだから、
  ましてやこれ以下の事柄などは憂うるにたりない。
  追放されてもかまわないし、牢獄にも甘んじることができる。
  誹謗や排斥などあまたある陵辱などは、なんら意に介すべきことではない。
  われらはむしろ絶対無限がわれらに与えてくれるものをひたすら楽しみたいものだ。

  (今村仁司訳『清沢満之語録』275ページ)

  「絶対他力の大道」を読むと、
  「我等は寧ろ、只管絶対無限の我等に賦与せるものを楽しまんかな」、楽天主義である。
  精神主義者即ち絶対他力の信念を持つ者は初めから運命に随順している。
  絶対他力に乗託しそこに自分の安心の地を見出だすと何の不足も不平もない、
  だから与えられた環境に甘んじ又安んずることが出来る。
  相対有限の所にそこに安心する場所がある、

  (津曲淳三著「親鸞の大地・曽我量深随聞日録」より)


 竹内先生は宗門は満之をもっと大切にすべきだと仰っていましたが、満之の文章は近代哲学の思惟に鍛えられ、その思考は論理的で、しかも明晰です。おのれの権利と責任を主張し、正統性を申し立てる近代的自我との血の出るような戦いのすえ、ついに仏のお心に抱き取られ、戦いの傷を癒すような平和な心境の中にいることが伝わってきます。自力の完全燃焼なくしては他力は成就しない、凄絶な自我意識との闘いがあったことを感じます。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-02-07 18:34 | 清沢満之の文章 | Comments(0)