清沢満之「わが信念」

  私の信念のなかには、いっさいのことについて
  私の自力が無効であると信じるという点がある。
  自力無効を信じるためには、私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして、
  頭のあげようがないまでになることが必要である。
  これははなはだ骨の折れる仕事であった。
  この極限に達するまえにも、しばしば、
  宗教的信念とはこんなものだといった決着をつけることができたのだが、
  それが後から後からうち壊されてしまったことが幾度もあった。
  論理や研究で宗教を建立しようとおもっている間は、この難点を免れない。
  何が善で何が悪なのか、何が真理で何が非真理なのか、
  何が幸福で何が不幸なのか、ひとつもわかるものではない。
  自分には何もわからないとなったところで、いっさいのことをあげて、
  ことごとくこれを如来に信じ頼ることになったのが、私の信心の大要点である。

  (今村仁司訳『清沢満之語録』より)


 わたしたちは「わたしは誰か」がわかりたい。「わたしらしく」などといって「わたし」を証明するために生きているといってもいい。生まれて死ぬだけなら「わたし」が生きたことにはならないからだ。肉体は「わたし」ではない。では、意識は「わたし」だろうか。もし、思いを起こすのが「わたし」なら、思いを起こすのも止めるのも自由にできなくてはならないが、実際には思いは自由にならない。このことから、思ったり考えたりしているのは「わたし」ではないとわかる。すなわち、思いはあるが思いを起こす「わたし」がない。

 さて、明治の真宗僧・清沢満之である。満之は自ら実験して「思いがわたしである」ことを証明しようとしたのでしょう。しかし、結果は「自分には何もわからない」というところへ追い込まれてしまった。その挙句、「わたしがある」ことを証明しようとして「わたしがない」ことを証明してしまった。「私の知慧や思案を可能なかぎりを尽くして」「極限に達する」とき「如来に信じ頼ることになった」と、自らの信心獲得の体験をありのままに語っている。

 「自分には何もわからない」となる「私の知慧や思案」の「極限に達する」瞬間に「如来に信じ頼る」信心へとひっくり返る。これが宗教体験の事実です。端的に言えば、仏法は「わたし」がないと知ることを「救い」と教えている。ない「わたし」に縛られて苦悩の人生を生きてきたからである。誰もが求めていた「わたし」がなければ、人生に求めるものはない。求めるものがなければ、そのまま安息するのである。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-02-23 07:31 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

これなりで御座ります

  九四、美濃田代町のおせき、水手桶さげて、御庭前へ参りたるとき、
  師俄かに、おせき、極楽参りはどうじゃ。 と仰せらる。
  おせきは、はい、これなりで御座りますと、直ちに申し上げたれば、
  仰せに。おせきはよく聴聞したなあ。

  (香樹院語録)

 美濃田代町のおせきの「はい、これなりで御座ります」は懺悔である。わたしの全否定である。懺悔は機の深信であるから他力の信である。救われない自分を見せていただく。見えたことが如来回向である。信心の智慧ををいただいた身であるから香樹院師は「おせきはよく聴聞したなあ」と印可を与える。救われない者を救うというのは、救われない自分であることを見えるようにして仏は救う。

 それが仏のお慈悲です。一度自分が見えれば二度と迷わない。見えないから自分に迷う。見えたから「はい、これなりで御座ります」とおせきは懺悔する。「如来の作願をたづぬれば、苦悩の有情をすてずして、回向を首としたまひて、大悲心をば成就せり」(正像末和讃)。自分が見えるという智慧を回向して救うのが仏のお慈悲です。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-01-31 06:27 | 宗教体験の事実 | Comments(2)

疑いが晴れる

  二七四、懸鼓庵問うて曰く。一念帰命のところ如何に候や。
  師曰く。一念帰命とは疑い晴るるばかりなり。
  問う。なにに疑いはるるにて候や。師曰く。本願の不思議に疑いはるる也。
  また問う。其の不思議とは如何。
  仰せに。助かるまじきものを不思議の本願で助けたまうことを、不思議とは申すなり。
  懸鼓庵問うて曰く。それを目的にして信ずるか。師の曰く。そうじゃ。

  (香樹院語録)


 疑いのないのが仏の心だから「疑いが晴れる」とは仏の心になった。心が明るく素直になった。人の心ではなくなった。人の心よりもっと深い所に眠っていた高次の心、仏心が目覚めた。意識の届かない不思議の領域から仏の声が届いた。色も形もない仏心が自覚された。われらの小さな意識の領域に仏心が入って来た。これは明らかな救いの証拠である。わたしの心より高次の心、一切衆生の身体に埋め込まれていた無生無滅の仏心が今に目覚めた。このことを「疑いが晴れる」という。

 仏の心がわたしの主体となってくださって、古いわたしの心はただの外面になった。主体が入れかわった。このようなことは努力してできることではない。だから「お助け」という。われらが生活する小さな意識の世界の外からやってくるので「不思議」という。一人一人の心の底に眠っていた仏心からの呼び声をわたしたちはいつも聞いていた。ただ気にも止めていなかっただけだ。だから、いまも届いている仏心の呼び声を聞くだけで、われらは仏に等しい者になる。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-01-17 13:26 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

「このまま」の救い

  香樹院師、美濃田代町のおせきが、
  水手桶下げて、御庭前へ参りたるを見られ、
  にわかに「おせき、極楽参りはどうじゃ」と仰せらる。
  おせきは、その手水桶さげたまま、
  「はい、これなりで御座ります」と直に申し上げたれば、
  「おせきはよく聴聞したなア」と仰せられたという。

  香樹院師は決して人に許さぬ人であった。
  ところがここでは、「おせきはよく聴聞したなア」と仰せられている。
  しかもこの「これなりで御座ります」が自己の肯定であったならば、
  師は決してこれを許して居られないであろう。
  「これなりで御座ります」が自己の肯定の如くであって、
  実は全的否定である。
  「そのまま」の仰せの聞こえずめの中にあっての「これなり」であるから、
  その態度は常に否定である。
  「これよりほかに仕方のない」自分を常に見せて頂いて居るのである。
  これよりほかに仕方のない自分が常に見えるゆえに、
  「そのまま」の仰せが常に聞こえるのである。

  (松原致遠著「わが名をを称えよ」より)


 自分の顔は自分には見えないように、自分の心は自分には見えない。見えないものを見えるようにしてくださるのは如来廻向の仏智です。仏の方からわたしが見える。「これよりほかに仕方のない」自分を見せていただく。心を離れて心が見える不思議、仏法はこれに尽きる。自分の心を見たこともないのに「このまま」の救いなどという人がいるが、「このまま」が自分なら「このまま」と許すのも自分である。それでは救いにはならない。そもそも許す自分が救われない当の本人である。

 仏の慈悲は全否定してから救う「そのまま」の全肯定である。わたしを超えてわたしに臨むお心の中にわたしはわたしを、「これよりほかに仕方のない」わたしを発見する。見せていただくのは「仏の眼」で見せていただくのである。この一点がぎりぎりのところだ。生きていても安心がない。なぜ、心はいつも寂しいのか。わたしが誰だかわからない。どこから来たのかも、どこへ行くのかもわからない。親にはぐれて迷子になった子どもは親に見つけてもらうしかない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-01-06 08:53 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

e0361146_23053215.jpg  金剛堅固の信心の
  さだまるときをまちえてぞ
  弥陀の心光摂護して
  ながく生死をへだてける

  (高僧和讃)

  「摂取心光常照護」というは、
  信心をえたる人をば無碍光仏の心光、
  つねにてらしまもりたまうゆえに、
  無明のやみはれ、生死のながきよ、
  すでにあかつきになりぬとしるべしとなり。

  (尊号真像銘文)

  摂取心光常照護という体験が宗教というものの一切である。
  これだけが真実であって、その他はみなこれへいたらしめる善巧方便である。
  念仏は真実である、方便ではあるまいというであろう。
  しかし念仏のみぞまことにおわしますと帰命のこころのおきたとき、
  この摂取の心光に遇っているのである。
  念仏をすすめたもうのは、念仏相続するとき、
  おのずからして摂取光中なる自分が見えて来るからである。

  (松原致遠著「わが名を称えよ」より)


 「摂護」の左訓には「摂め護る。無碍光如来の御心に摂め護りたまうなり」とあります。光とは智慧のことで、智慧の光に照らされて自分の心が見える。われらは自分が誰かがわからずに迷っている。だから、仏はわれらに智慧を回向して宿業の身であると教えてくださる。内なる宿業が見えるのが智慧である。見えることが救いである。救われぬ身と知ってわれらは救われるのだから。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2017-01-03 07:51 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

前念命終・後念即生

  本願を信受するは、前念命終なり。
   「すなわち正定聚の数に入る」(論註)。
  即得往生は、後念即生なり。

  (愚禿鈔)

  普通“信の一念”“信の一念”というのは、前念命終である。
  つまり信の一念によって、私どもは、自分の一生涯の一大事を決定した。
  信の一念によって私どもは、わがすべきことは一切完了した。
  いくら生きておっても差し支えないが、
  しかし、信の一念をもって終っても、なんの後悔もない。
  満足して死ぬことができる。満足して死ねる一念である。
  後念即生ということは、信の一念と続いて、
  必然的に連続して後念即生である。
  信心決定したその時に後念即生である。

  (曽我量深著「親鸞との対話」より)


 「信の一念」とは信心を獲る一瞬の体験のことです。本当に一瞬のことですが、体験すれば誰にでもそれがそうだとわかる。わかるが、一瞬なのでその体験の微妙さを何度も何度も反芻して確かなものにしていかなくてはならない。それが信後の念仏です。信の一念は二度は起きないからです。針の先ほどの、お線香の明かり程度の、見たか見ないかも微妙なほどの光を思い返し思い返し念仏する信後の念仏です。先生の指導も受け、親鸞の書いたものを読みながら、信がより確かなものに、より深いものになっていくように念仏するのです。

 信を獲たときは「これで終わった」(前念命終)と感激するのであるが、数か月して興奮状態が収まると、「本当の聴聞が始まっただけだ」(後念即生)とわかる。ただ、信前と違うのは、お線香ほどの光でも光は光、光を見たという事実(確信)があることです。進むべき方向ははっきりしている。信の一念の内容は、心が見えたということ、心を離れるコツがわかったということ、わたしを見る仏のお心が伝わったということ、このような智慧を獲て、あらたな念仏の生活が始まったのです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-12-29 00:03 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

二河白道

  また西の岸の上に人ありて喚うて言わく、
  「汝一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。
  すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と。

  この人すでに此に遣わし彼に喚うを聞きて、
  すなわち自ら正しく身心に当たりて、
  決定して道を尋ねて直ちに進みて、
  疑怯退心を生ぜずして、
  あるいは行くこと一分二分するに、

  東の岸の群賊等喚うて言わく、
  「仁者回り来れ。この道嶮悪なり。
  過ぐることを得じ。必ず死せんこと疑わず。
  我等すべて悪心あってあい向うことなし」と。

  この人、喚う声を聞くといえどもまた回顧ず。
  一心に直ちに進みて道を念じて行けば、
  須臾にすなわち西の岸に到りて永く諸難を離る。

  (教行信証・信巻引用「二河白道」より)


 「二河白道」の一部を引用しました。「群賊悪獣」とはなにか。いわば、頭の中の妄念妄想(煩悩)を「群賊悪獣」というのでしょう。われらは頭の中の妄念妄想に執着して、妄念妄想の下僕に成り下がってしまって、自分がなにをしたいのか、どうしたいのかすらわからなくなっている。これを「迷い」といいます。だから、頭の中の妄念妄想(煩悩)を「妄念妄想でしかない」と気づくことが「救い」となる。そして、妄念妄想から自由になって相手をしないでいられるようになることを「正念に住する」というのです。

 仏教を学び始めてから、頭の中のことは「妄念妄想でしかない」と気づくのに十年がかかり、妄念妄想から離れていられるようになるのにさらにまた二十年がかかりました。正念に住する生活を「往生」といい、往生の生活の到達点が「成仏」です。妄念妄想の相手をせず、事実を事実として受け入れてとくに不満もない姿を「愚者になりて往生す」(末燈鈔)というのでしょう。「汝一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と、竹内先生はいつもお弟子さんたちを励まされていたことを思い出します。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-12-27 21:18 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

信心の智慧

  智慧の念仏うることは
  法蔵願力のなせるなり
  信心の智慧なかりせば
  いかでか涅槃をさとらまし

  (正像末和讃)

  智慧は“さとり”。
  知識は知も識も“知る”ということである。
  知識は、内なる世界を知るわけでない。
  物の内面に関しては知識は照らすことは出来ない。
  物の内面を知ることが自覚の問題である。
  いくら八万四千の法門を知っても、
  自覚の眼が開けないなら何にもならぬ。
  自覚が大切なことである。
  宗教の力によって、一文不知のどのような者でも、
  自分自身の内面を知る―知らせて頂く―信によって智慧が開ける。
  それを信知という。それが他力である。

  (津曲淳三著「親鸞の大地・曽我量深随聞日録」より)


 心を離れて心が見えたという体験を「信」といい、信の一念に心が「見える」という「智慧」が生じる。智慧は「自覚」ともいう。見えるとは「離れる」こと。離れることは「捨てる」こと。自分の心を捨てる一瞬に心を見るのです。心を見る眼になる。心を見る眼を「智慧」とも「仏」ともいう。自分自身がわかると同時に、仏がわかる。仏を経験する。そのような「信体験」により獲られた智慧が「涅槃」を開くのです。わたしたちは自分が誰かが分からなくて迷っている。仏のお心の中に自分を発見すれば、一生の大事が終わる。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-12-12 07:22 | 宗教体験の事実 | Comments(0)

翻迷と蘇生

e0361146_10384148.jpg  本願を信受するは、前念命終なり。  
  「すなわち正定聚の数に入る」(論註)。
  即得往生は、後念即生なり。

  (愚禿鈔)


  「前念命終」を「翻迷」と言いたい。
  「後念即生」を「蘇生」と言いたい。
  「蘇生」(生に蘇る)の「生」とは何か。それは、

  「如来から与えられた行を生きている」ってことです。
  如来から与えられた行は私の行と同じものなんだけれども、
  しかし、その行をいつも今、貰うわけです。
  そこに、いつも、真実の仏になるべき因を与えてくださって、私を翻していく。
  その翻していくのは私にはできぬことです。
  そのできぬことを、そのまま如来から回向された。
  浄土に生まれるべき因と縁になっていく。有り難いことじゃないですか。
  自分に今生でできる行が、今、浄土に生まるべき行、浄土の行になっていく。

  それを私は「無生の生」と言ってもいいと思う。
  「無生の生」の「無生」は生滅を超えていますから、「翻迷」ということ。
  「無生の生」の「生」というのは、往生ですから、
  「そこに生まれる」「蘇生」ということです。
  野田明薫の言葉で言えば、
  迷いの世界から仏の世界に「戸籍が変わる」ということがある。

  (竹内維茂著「称名念仏の大悲」より)


 竹内先生のお名前は「仏からの道」(彌生書房 1984年)を読んで知っていましたから、練馬の真宗会館の案内に先生のお名前を見つけたのを縁にご自宅を訪ねたのは平成元年の十月でした。当時のわたしは単身赴任で東京に出ていて、たいした仕事もないことをいいことに東京の各所の聞法会に参加していました。

 師となれる人を探していたのです。そのまま先生の所で聞法生活が始まり、先生が亡くなる平成九年四月までの七年半、ご指導を受けました。「翻迷と蘇生」と題されたこの講話は先生が亡くなる前の月の彼岸会法要の時のものです。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-12-07 21:59 | 宗教体験の事実 | Comments(2)

そこに在す

  「私が仏さまを信ずる」というより、
  「仏さまに信ぜられている」ということが仏さまを信じるということである。
  仏さまに信ぜられておると、
  こういうことを感ずるのがそれが本当に仏さまを信ずるということ、
  それを信心という。

  (曽我量深著「親鸞との対話」より)


 小学二三年の頃、山の中で、わたしを呼ぶ声を聞いた。ハッとして遠くを見上げた。母のような声だったが母の声ではないことはすぐわかった。なにも音のしない孤独の中で、わたしを呼んでいた。悲しまなくてよい、お前のことを見ているぞ。その声はそう言っているように聞こえた。一人ではないと思った。その後、そのことは長く忘れていたが、二十歳を過ぎた頃か、あるいはもっと後かは思い出せないが、その光景を絵のように思い出した。

 寂しくなると、わたしは一人ではないと思い出す。いつもわたしを見ているなにかを感じる。わたしは一人ではないと思う。小学生の頃のこの体験がわたしの信仰の原風景だと思っている。それは疑いようのない臨在感であり、わたしを超えて、わたしの世界である。あえて仏とは呼ばないが、そこに在す。

 南無阿弥陀仏


by zenkyu3 | 2016-11-30 07:30 | 宗教体験の事実 | Comments(0)