2017年 08月 09日 ( 1 )

一生造悪のものなり

  二四二、五善五常を守りたとて、善人となれるにはあらず、
  一生造悪のものなり。死ぬるまで貪瞋煩悩は絶えぬなり。
  この悪人を助けようの本願なり。
  少し身の嗜みが出来れば、はや善人になりた様な驕慢の起るは、
  まだ己が胸の明かならぬ也。

  (香樹院語録) 
 

 憎い人は心がつくる。問題は外にあるようだが問題をつくるのは心である。これが信仰の据わりである。外に求めれば諸行無常、終わりがない。内に求めれば涅槃がある。内なる無明を破れば苦悩の終わりがある。命の帰る場所がある。この身と心は久遠劫よりの宿業でできている。五十年、百年でどうなるものではない。「一生造悪」「死ぬるまで貪瞋煩悩は絶えぬなり」。貪瞋煩悩が生きる姿である。その醜さ、浅ましさに耐えなくてはならない。事実を事実と受け入れるのが正しい信仰の姿である。事実を受け入れると失うものがある。それがあなたが執着しているものだ。身への執着はいましばらく耐え、心への執着は今すぐ捨てられる。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」 


by zenkyu3 | 2017-08-09 10:43 | 香樹院語録を読む | Comments(0)