2017年 07月 02日 ( 1 )

鎮西の風下

  四一、見臺たたいて講釈する大学者でも、
  名高い道心堅固の念仏者でも、
  大概鎮西の風下に居ると仰せられき。

  (香樹院語録)

 自力とは自分の心、他力とは仏の心。自力の人は心と言えば自分の心しか知らない。仏の心は知らないから、知らないことを信じるのが信仰だと思う。人間に知らないことを信ずる能力などあるだろうか。経験したこともない仏を信じ、経験したこともない浄土に生まれさせてもらうのだという。宗教以外の分野なら変わった人だと思われるに違いない。

 他力の人は仏の心を経験する。経験すると智慧が生ずる。智慧は心が見えるという証拠があるので、具体的に、仏の心を説明することができる。経験したことを説明するのに難しい学問はいらない。三歳の子供でもできる。仏の心は一つであるから経験した者同士はその経験が本当かどうかがわかる。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-07-02 06:24 | 香樹院語録を読む | Comments(0)