2017年 07月 01日 ( 1 )

仏とうしろ合せの生活

  七二、江戸のさる同行、
  一人の巡拝者を止宿せしめたるに
  仏檀の方へ足を投げ出して寝て居るを見て、
  ああ、私が昔のさまを見せて下さることとて喜ばれしを、
  師聞き給いて、おれはかえさまなり。
  おれは現在仏に足をなげ出し、
  仏とうしろ合せの日暮しをして居る。
  と仰せありき。
  先の人之を聞きて驚き入り、
  私が今まで仏と差向い気どり、
  うぬぼれの心の誤りを御知らせ下さるるは、
  香樹院さまならではと、
  慚ぢ入りて深く喜ばれける。  

  (香樹院語録) 
 

 われらは救われるだけの身である。なにか行いが立派で救われたわけではない。一方的に、なにもせずに救っていただいただけであるから、いつだって、ありのままでいて、なにも不都合はない。そもそも仏さまに不都合などない。「おれは現在仏に足をなげ出し、仏とうしろ合せの日暮しをして居る」。仏はわが実家、なんの気兼ねもいらない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-07-01 06:17 | 香樹院語録を読む | Comments(0)