2017年 06月 17日 ( 1 )

罪の沙汰無益なり

  二二二、往生の一段について、
  罪のありなしの沙汰は無益なり。
  御恩を喜ぶときは、罪深き身と思いしらば、
  いよいよ喜ばるべき仏恩なり。

  (香樹院語録)  

 人の心が見る世界を「世間」といい、仏のお心が見せてくださる世界を「浄土」という。「罪」とは人が人に与える(マイナス)評価で、世間で生きている限り(功罪の功も含め)評価から逃げることはできない。われらは人の評価に縛られて苦しみ、評価をして人を苦しめる。しかし、浄土には「人」がいないので評価(罪)がない。よって、「往生の一段について、罪のありなしの沙汰は無益なり」という。人がいない、よって評価のない浄土を知ってわれらは罪から救われる。それを「心の往生」という。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-06-17 06:50 | 香樹院語録を読む | Comments(0)