2017年 06月 14日 ( 1 )

弘誓の船

  二二六、弘誓の船は弥陀の成就したまう所なり。
  弘誓の船を知らずにいるもの。
  弘誓の船を見て乗る気のいまだ起らざるもの。
  乗りたいと思い種々に分別して乗り得ざる者。
  乗らずして乗ったと思うもの。
  喩の方でわかりてあれども、法の方ではまぎれている。
  乗りて歓喜するもの。

  (香樹院語録)
 
 「乗らずして乗ったと思うもの」がいるが念仏がない。念仏するフリはできるが智慧がないので懺悔と讃嘆がない。「乗りて歓喜するもの」は煩悩の闇黒を照らす智慧の光をいただく。光があるので煩悩がよく見える。見えることによって煩悩が浄化されていく。無量劫より蓄積された無量の業垢が果てしもなく出てくる。煩悩の闇黒を見せられる苦しみがあるが、仏のお心に護られているので、どこまでも煩悩の闇黒と闘うことができる。煩悩が浄化される中で罪の深さを何度も何度も知らされて、そのたびに新しく救われていく。それが念仏相続であり、懺悔と讃嘆の念仏です。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-06-14 12:23 | 香樹院語録を読む | Comments(0)