2017年 05月 29日 ( 1 )

善悪は我が心上の影なり

   一五二、凡夫の身の間は種々の災禍もあり、
  自身に罪はなくとも人に難題うくることもあらん。
  かかることは己が過去よりの業と思わば、
  たとい針の筵に坐っておれと云われても、
  御恩に向えば否と云われぬ也。
  他人を鬼じゃ鬼じゃと思うは人が鬼にあらず、
  人を鬼にするは、我が方より鬼とするなり。

  (香樹院語録) 

 この法語には「善悪は我が心上の影なり」と題がついている。いま起きていることが仏が与えてくださった仏の御いのちだから「たとい針の筵に坐っておれと云われても」、与えられてくるすべてが仏の「御恩」、そうわかれば「否と云われぬ」。われらはいま起きている、ありのままの事実が受け入れられなくて苦しんでいる。外なる境遇、内なる心、仏の御いのちでないものはない。好き嫌いを言わずに事実をありのままに受け入れられたら救われる。こんな簡単なことがなかなかできない。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-05-29 06:30 | 香樹院語録を読む | Comments(0)