2017年 05月 28日 ( 1 )

  一九五、仰せられ候。
  如来さまから一大事になる心をおあたえ下さると、
  我が心が一大事になる。
  その心でなけねば、仕おおせずばおくまいの心は起らぬ。
  仕おおせずばおくまいの心が起れば、
  仕遂げぬさきに死んでもむだ事にはならぬ。

  (香樹院語録)

 どのようなお話か。一つは「如来さまから一大事になる心をおあたえ下さる」。二つは「仕遂げぬさきに死んでもむだ事にはならぬ」。まず一つ目。仏が与えるのは仏の心です。仏の心は涅槃ですから、煩悩がなくなった心の状態がどんなものかを知る。これで煩悩を洗い落とす仏への道、仏道が成り立つ。つまり、仏に成る道を始めて歩み出す。これは「即得往生」(十八願成就)の話です。

 二つ目は、仏に成る道の途中で死んでも、仏が仏になる修行をするのであるから、仏に成れないということはない。そのようなことが書いてある。これは「必至滅度」(十一願成就)の話です。信の一念に仏心をいただく。心はすでに仏であるからいつ死んでも成仏である。これを「現生不退」といいます。信に始めがあり終わりがある。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-05-28 06:26 | 香樹院語録を読む | Comments(0)