2017年 05月 03日 ( 1 )

  一〇三、能登の頓成、機の深信と云うことにつき、
  異義を申したつるに就いて、二條御役所の御糺となり、
  二條御役所より、二種深信御糺につき、
  講者よりその義書き認めあげよとありければ、
  香樹院師書上げらるるよう。

  「二種深心ともに他力なり。
  就中、機信心他力と云うを最も肝要なり。
  頓成は機の深心は、法を信ずるまでの前方便といえど、然らず。
  総じて、古来の異解不正義をつのる者数々あれども、皆なこの誤より起れり。
  我機のたすかられず、自力の善根も分別もまに合はぬと云うことは、
  法藏因位のとき、認知し給いて、
  それ故に其の行者のなすべき願行を仏の方になし給いたるを、
  六字に成就し給う故、六字を聞く所にて、
  この機の方の所修の善不善、すべて無益なりと知るは、
  法藏因位の識知より起る也。
  斯るものを、願力にてたすけ給うと云うは、もとより也。
  故に二種ともに他力より起さしむるもの也。
  是れ浄土真宗開山の極秘なり。」 と。

  二條の奉行曰く。
  衆生がたのむ故に、仏がたすけ給うを他力とは、固より聞けり。
  我が身のたすかられぬと云う機までも、全く他力とは、今度初めて聞きたり。
  いかにも開山の正意ならむ。親鸞聖人他力の宗意、奇妙なり奇妙なりと。
  之より江戸公議までの御捌となり、御老中及び御奉行も、
  この二種深信他力の宗義には、みな感心せられたり。

  講師一蓮院師曰く。
  機の深信他力と、知りたるようにて知らざりしものは私なりき。
  これ故に、立かえり立かえり我胸の穿鑿せし事勿体なや。
  ああ、これを知るは仏祖の御恩也、近くは頓成の逆縁なり、と。

  (香樹院語録)

 どうしても助からないと知るから頼む。頼まずとも助かるのではないかと思うから頼まない。こればかりははっきりしている。助かるのではないかと思うのは自分を知らないから。助からないとわかったら頼むしかない。だから、仏は助からないと教えて頼ませる。如来回向の仏智をいただいて助からない自分だと知った。助からないと知ったことが助かったこと。仏は智慧を与えて救う。

 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-05-03 21:52 | 香樹院語録を読む | Comments(0)