2017年 04月 17日 ( 1 )

  三三、みな人は、信をとらんと思い、
  また、たのみ心にならんと思えり。
  それはあんまり、欲が深すぎると云うもの也。
  取ることばかりに骨折って、
  自力を捨てることに骨を折ることを知らぬの也。
  碁をうつにも捨石が大事なり。
  信を得るにも、雑行をすてることが大事也。

  香樹院語録)

 「自力を捨てる」とは具体的には自分の考えを捨てる。主義主張、信念、価値観、正義といった尺度を捨てる。起きていることに"いい悪い"を言わない。起きたことに"好き嫌い"を言わない。起きていること、起きたことは"わたしに関係なく"起きている。起きていることになにか影響を与えられると考えるなら傲慢である。環境を支配できるという考えは滑稽ですらある。わたしに出来ることは起きたことに対応することだけで、なぜ起きたかなどと理由を考えてもわからない。起きたことをそのまま頂いて、とくになにもない。それを「自力を捨てる」という。


 南無阿弥陀仏

 柏原祐義・禿義峯編「香樹院語録」


by zenkyu3 | 2017-04-17 21:52 | 真宗の眼目 | Comments(0)